激情ヱレキてる

「あつきのバーカ!」
「急に俺!?」
「ガリ勉!」
「おまえにだけは言われたくない!」
「パパとママが医者だからって医者になりたい短絡野郎!」
「それはそれで真っ当な理由だろ、ほっとけ!」
「医者になりたいなら人の気持ちくらい汲み取れるようになれやバカ!」
「努力する!」
「ブワァーカ!」
「学年1位の語彙力とは思えんな!」

 ぜえ。
 ぜえ。

 肩で息をする。
 涙が出る。

 どうして。
 まだ足りない。
 もっと腹が立っている。
 もっと言いたいことがある。

「そりゃ……」
「ん?」
「テスト期間中だったけど……」
「あぁ」
「でも……」

 言いたくない。
 絶対に言いたくない。

 これを言ったら。
 全部、台無しになる。

 せっかく社会に反抗する格好いい話だったのに。
 これでは、ただの──

「クリスマス……一緒にいてくれるって、言ったじゃん……」

 わがまま、だ。

「…………」

 沈黙。
 長い。
 長すぎる沈黙だ。

「何とか言ってよ!」
「いや、ちょっと待って」

 あつきが空を仰いだ。
 両手で顔を覆っている。

「……かわいすぎか」
「は? 何が」
「耐えられん」
「だから何が!」
「おまえが! かわいすぎて!」
「ちょっ……!」

 がばっと肩をつかんできたあつきは──
 耳まで、真っ赤だった。

「最近素っ気なかったの、もしかしてそれが理由?」
「……」
「なぁ、あかりちゃん?」
「……知らない」

 ぶす。
 頬をふくらませる。

「それ、つついていい?」
「は?」
「ほっぺ」
「帰れ!」
「待て待て!」

 あかりは逃げようとしたけれど、案の定、腕をつかまれる。

「話がまだ終わってない!」
「終わった!」
「俺は終わってない!」
「知らない!」
「補習になったら、冬休みにデートできないだろ!」

 デート。

 そのひとことで、ぴたりと思考が止まる。

「……む」
「だから最近勉強してたんだよ」
「……でも」
「おまえとの約束忘れてたわけじゃない」
「……メッセージも少なかった」
「勉強してたから」
「こないだの日曜」
「塾」
「電話に出ない」
「おまえと話すと2時間になる」
「……1時間42分」
「細かいな!?」
「履歴に残ってるもん」
「いちいち履歴覚えてるのかよ……っくく!」

 たまらず、あつきは吹き出した。

「かわいいな」
「……んああ!」

 あかりはもはや、人語も出せない。

「笑うな!」
「うれしいんだよ。俺にかまってほしくて怒ってんだろ?」
「違う!」
「じゃあ何」
「社会に対する反抗!」
「クリスマスが?」
「そう!」
「俺からのメッセージが少ないのも?」
「社会問題!」
「電話できなかったのも?」
「由々しき社会問題!」
「俺が日曜に塾行ったのも?」
「国家壊滅レベル!」
「無茶苦茶だな! っぷ、あはははっ!」
「笑うなぁ! あつきなんか嫌い!」
「俺は好き!」
「──っ!」

 一撃。
 それだけで黙らされる。

 ずるい。
 こいつは本当に。
 ずるい。

「ちゃんと考えてたよ。遅刻したクリスマスの埋め合わせ」
「……いつ」
「次の日曜」
「私の予定が空いてるって、なんで決めつけてんの」
「1日、付き合ってほしいんだろ?」

 そんなことを、言ったような気もする。

「なぁ」
「……空いてる。でも許してない」
「じゃあ、俺が何をしたら許してくれる?」
「自分で考えて」
「難問だな」
「学年2位でしょ」
「1位様、ヒントを」
「なし」
「手厳しい」

 あつきが笑っている。
 それを見ているうちに、あかりの胸の奥に渦巻いていたものが、少しずつ形を変えていく。

 怒り。
 寂しさ。
 悔しさ。
 嫉妬。

 好き。
 会いたかった。
 もっと話したかった。
 私を見てほしかった。

 全部。
 全部。

 すべて、激情だ。

「なぁ、あかり。嫌ならしなくていいよ、送電」
「でも」
「おまえの感情だ」

 あつきは言った。
 何でもないことのように。

「電気にするかどうか、おまえが決めればいい」

 あかりは目を見ひらく。
 星空の下だからだろうか。
 やけに、あつきの存在が輝いて見える。

「社会の役に立つとか。AとかCとか。そんなのは後だ」
「……あつき」
「俺に腹立ってるなら、俺にぶつけろ」
「いいの?」
「多少は加減してほしい」
「じゃあ100発くらい殴る」
「多少って言っただろ!」
「冗談」
「目が本気だったぞ!?」

 くすくすと笑った。
 今度はあかりも。
 鼻をすすりながら、笑ってしまった。

「……送らない」
「おう」

《送電をキャンセルしますか?》

「キャンセル、します」

《承認しました》

 すぅっと、脳内の電子音が消える。

 世界は何も変わらない。
 街の明かりも消えない。
 あかりひとりが電気を送らなくたって、社会は平然と回っている。

 それがなんだか無性に、うれしかった。

 そうだ。
 発電できるかどうかなんて、本当は、最初から関係なかったのだ。

「じゃあ」

 あつきが一歩近づく。
 大きな手のひらが、あかりのほほを包み込んだ。
 こめかみのあたり。
『マイクロチップ』がある場所まで──
 じんわりと、熱が伝導する。

「これは俺がもらっていい?」
「もらうって」
「おまえの激情」
「……何言ってんの」
「だって、俺のせいで怒ったんだろ」
「社会にだよ」
「はいはい」
「信じてないでしょ」
「信じてる信じてる」
「顔が信じてない」
「だってさ」

 あつきが笑う。

「こんなん、愛しいしかないだろ。ふざけろよ……」

 その目尻に、うっすら涙が浮かんでいた。

「……なんであんたが泣くの」
「知らん」
「意味わかんない」
「俺だって制御できないときくらいある」
「Aだもんね」
「そういう意味じゃねぇよ」

 いつもそうだ。
 あかりがかわいいのがいけない。
 会話をしていると、どうしようもなく腹が立つ。
 好きすぎて、腹が立つ。

 素直じゃないのがかわいい。
 拗ねるのもかわいい。
 睨むのもかわいい。

 それを逐一『送電』しないと、おさまりがつかない。
 今だって理性を総動員している。

 ……だなんて。
 こいつは、大真面目に口にする。

「……あかり、抱きしめていい?」
「…………」
「嫌ならやめる」
「……訊くくらいなら」
「ん?」
「早くしなさいよ、バカ」
「──っ」

 幼なじみで。
 ライバルで。
 世界で一番面倒くさくて。
 世界で一番大切な恋人を。
 広げた腕いっぱいに、あつきは囲い込んだ。

「……あかり、好き」
「知ってる」
「おまえは?」
「自分で考えて」
「また難問かよ」

 けれど。
 あつきの腕にすっぽりおさまったまま、あかりは離れようとしない。

 その時点で、答えなんて、とっくにバレていたのだろう。
 嘘みたいに本当な、恋のお話。

 ──もしも。
 人間の激情が、電気に変わる世界があったなら。

 こんなふうに、怒って、ぶつかって。
 それでも最後には、誰かの腕の中へ帰っていけるのかもしれない。

 ──たまには、こういう思考実験もいいかも、なんてね。