激情ヱレキてる

 人はみな平等だというけれど。
 それは、真っ赤な嘘だ。
 あかりの知る限り、人間は少なくとも3種類に分類されるのだから。

『Type-Angry』。

 通称、『Type-A』。
 激情指数が高く、比較的ちいさな刺激でも発電反応が起こりやすい高適性型。

『Type-Base』。

 通称、『Type-B』。
 もっとも人数が多い標準型。

『Type-Cool』。

 通称、『Type-C』。
 激情指数が低く、発電反応が起こりにくい低反応型。
 あかりの頭に埋め込まれているのは、『Type-C』の『マイクロチップ』だ。

 タイプ情報は原則非公開。
 誰かに言わなければ、他人にはわからない。

 学校で発電量を競わされることもない。
 タイプを成績へ反映されることもない。

 制度はずいぶん気を遣ってくれている。
 だからこそ。
 誰のせいにもできなかった。

『えー、Cなんだ。めずらしいね』

 小学生の頃。
 一度だけ、あつき以外にタイプ情報を知られたことがある。

『怒らないの?』
『じゃあ喧嘩とかしたことない?』
『発電量ってどれくらい?』
『うちの親、Aだよ』
『でもCって、電気ほとんど作れないんでしょ?』

 悪意のない言葉ほど、ときにはナイフのようだ。

 あかりだって、母親と喧嘩したことくらいある。
 テストでケアレスミスをして、悔しくて眠れなかったこともある。
 小学3年生の夏休み、飼育していた金魚が死んで泣いたことだって。

 ただ。
 怒っても、悔しがっても、悲しんでも。

《激情反応を検知しました》

 そう告げられたことは、一度もない。
 だから。

《送電しますか?》

 と訊かれたことも、ない。

 17年も続けば、それはいつしか。

 ──私は、そういう人間だから。

 という、諦めに似た何かへ変わっていった。

『チップタイプを理由に、差別をしてはいけません』

 学校でも、一番最初に教えられることだ。

 そうはいっても。
 人の価値を発電量で測る空気は。
 薄く。
 透明に。
 社会の中に残っているじゃないか。

 だから、あかりは冷静でいようと思った。
 どうせ反応しないなら、それでいい。
 自分の心くらい、自分でわかっていればいい。
 誰にも証明する必要なんてない。

 ……そう、思っていたのに。

「……あつきの、バカ」

 帰宅後。
 スクールバッグと、赤いタータンチェックのマフラーを放り投げる。
 ブレザーも脱がないまま、ベッドへ倒れ込んだ。

「あかりー、テストお疲れさまー。調子どうだったー?」
「いつも通り。リビングの端末に通知表転送してるから」
「えぇ? それはいいけど、今から夕飯よー?」
「お腹痛いからラップしといて」
「大丈夫?」
「寝たら治る」

 嘘。
 お腹なんか痛くない。
 痛いのは、もうちょっと上の、左側だ。

 AIによる自動採点で、最終考査終了日に超速で配布される通知表。
 すべて『A』。
 学年順位、1位。

 いつもなら、真っ先にあつきへメッセージを送る。

『勝った』

 たった3文字。

 すると、

『1点差だ!』

 とか、

『次は負けん!』

 とか、

『環境学だけは俺の勝ちだ!』

 とか。

 ものの数秒で返事が来る。

 今日は送っていない。
 向こうからも来ない。

「……何よ」

 スマートフォンのメッセージアプリを開く。
 通知なし。
 閉じる。

 30秒後。
 また開く。
 通知は、なし。

「知らない」

 閉じる。
 また開く。

「……知らないってば」

 我ながら何をしているのだろう。
 こんなの。
 まるで、待っているみたいではないか。

「……あほらし」

 あかりはスマートフォンの画面を伏せた。
 ぽふんと、枕へ顔を埋める。

 学年1位。
 数字にすれば、文句なし。
 なのに。

「……なんで」

 全然、うれしくない。
 いや。
 理由なんて、とっくの昔にわかっていたのかもしれない。

 自分はCだから。
 成績くらい1位を取らないと、価値がない人間だから。

「……全部ABC」

 一体いつから、個人はアルファベットで評価されるようになってしまったのだろう。

 テストも。
 発電も。
 人間も。

 全部。
 全部。
 全部。

「……あつきのバカ」

 くぐもった悪口と、にじんだ熱い雫を、しわくちゃのシーツが吸い取った。

 そんなつもりはないのに、涙が出る。

 昼間のこと?
『Type-C』だから?

 違う。
 それだけじゃない。
 だって。
 ここ最近、あつきはずっと──

 目尻から、熱いものがこぼれた。

「……っ」

 泣いている。
 ちゃんと、悲しい。
 胸が痛い。
 寂しい。
 腹も立っている。
 なのに。

 あかりは目を閉じた。
 ほんの一瞬だけ。
 待ってしまった。

「…………」

 もちろん、何も聞こえない。

「……知ってるけど」

 17年間、ずっとそうだったのだから。
 それなのに。
 なぜか今日は、いつもより少しだけ……
 その無音が、痛かった。

「あかりー」
「何」
「ねぇあかりー、聞いてるー?」
「もう、夕飯はラップしといてって……」
「そうじゃなくて。あつきくーん」
「あつきのバカが何」

 階段下から呼びかける母が、ふいに、爆弾を投下する。

「だからぁ、あつきくん来てるわよー」
「……はぁっ!?」