激情ヱレキてる

 これは一体どうしたことだ。

「去る2000年代──」
「ちょっとストップ」

 昼休み。
 ちょっとお花を摘みに出かけた隙に、窓際前方3列目の定位置を占領されていた。

 木製椅子に腰かけたあつきが、腕組みしている。
 机の上にはあかりの弁当。
 これは大変よろしくない状況だ。

「出題だ」
「環境学の試験なら、さっき終わったけど?」
「自己採点に付き合え」
「嫌です」
「逃げるのか?」
「……」
「3分でいい」
「交渉成立みたいな顔しないでくれる?」

 呆れながらも、あかりは向かいの席を引っ張ってきた。
 売られた喧嘩は買う主義である。
 ついでに弁当も取り返したい。

「あーんしてくれたら答える」
「なっ」
「冗談」
「ま、まぁ冗談だよな、うん」
「なんでちょっと残念そうなのよ」
「残念がってない!」

 ──トゥーン。

 あつきのこめかみが青白く光る。

「……送る」

 窓の外の送電表示が光る。
 クラスメイト数名が笑った。

「あつきのやつ、また碓氷に発電させられてんじゃん」
「うるさい!」

 反論するあつきを横目に、あかりは弁当箱のふたをずらす。
 すきまから箸を突っ込み、卵焼きをつまんで口へ放り込んだ。
 腹が減ってはなんとやら、だ。

「で?」
「……出題だ」

 あつきは咳払いをひとつ。

「日本で『人力発電』が普及した理由は、なぜか?」
「ざっくりしすぎ」
「じゃあ、30秒以内に説明を」
「30秒?」
「簡潔にまとめるのも能力のうちだ」
「何様」
「学年2位」
「私、1位」
「だから倒す」
「はいはい」

 あかりは箸を置く。
 思考する時間は、言葉と言葉を組み立てる数秒程度でいい。

「昔は日本の電気の大半を、石油とか石炭とか天然ガスを燃やして作ってた。でもCO2は出るし、燃料のほとんどは外国頼み」
「そうだな」
「太陽とか風とか水を利用する方法もあるけど、天気や場所に左右される。日本には資源がない。でも──」

 あかりは右手の人さし指を立ててみせる。

「人間なら、1億人以上いる」
「それで?」
「しかも人間は、毎日勝手に怒る」
「具体例を挙げよ」
「学校。仕事。渋滞。SNS。失恋。痴話喧嘩」
「最後のふたつだけやけに力説するな」
「つまり日本政府は思ったわけよ」

 あつきが目を細める。
 あかりの言葉をひとことも聞き逃すまいと、『本気』になったときの表情だ。

「どうせ捨てるしかない『怒り』なら、電気にすればよくない? って」
「満点」
「やったー。じゃ、お弁当返して」
「最後。【激情汲み取り方式による人力発電】の原理」
「まだやんの……」

 あかりはため息をつく。
 こうなった以上、あつきが譲らないことをよく知っているからだ。
 あかりは自分のこめかみを、人さし指で軽く叩いた。

「私たちの脳に埋め込まれた『マイクロチップ』」

 直径約2ミリ。
 生体適合ガラスに包まれた、極小の機械だ。

「『マイクロチップ』が、神経活動の変化から激情を検知して、その信号を特殊な電気パルスへ変換する」

 頭蓋の外へ放出された信号は、街中に設置された受電設備で回収される。
 そこで増幅され、家庭や企業で使用可能な電力へと変換されるのだ。

「厳密に言えば、脳を流れるものは家庭用コンセントの『電気』とは違う。神経細胞が情報を伝達する際の『活動電位』だけど──」
「そこから先は高校の試験範囲外」
「だったら聞かないでよ」
「意思確認は?」
「激情を検知したら、本人に送電するか訊く。拒否もできる」
「全部正解だ」
「はい終わり」
「あとひとつ」
「最後の定義とは」

 あつきはかまわず続ける。

「現在、国内の電力供給割合の約80パーセントを占める『人力発電』。その最大の問題点は?」

 はっと、あかりが息を飲んだ。
 弁当箱を持つ指先に、力が入る。

「……発電量に、個人差がある」
「正解」

 答えたのは自分なのに。
 あかりの胸の奥に、チクリと小さな棘が刺さった。

「激情の表れ方は人それぞれだ。当然、発電効率にも差が生じる。そのため現在は──」
「『Type-Angry』『Type-Base』『Type-Cool』の3種類に分けられる」
「そうだ。ただしタイプは医療情報扱い。原則非公開。学校にも開示義務はない」
「知ってる」
「それに、あくまで発電上の分類であって──」
「もういい」

 あつきの言葉を、あかりが遮る。

「はっきり言えば? Cのおまえとは身分が違うんだよってさ。Aのあつきさん?」

 あかり自身も驚くほど、冷たい声が出た。

「待て。なんでそうなる」
「知らない」
「知らないって──」
「Aはいいよね。ちょっと怒っただけで、すぐ反応して」

 言いながら。
 しまった、とあかりは思った。
 でも、もう遅い。

「それ、本気で言ってるのか? 俺がAだから、他人より偉いと思ってるって?」
「知らないって言ってるでしょ」
「──勝手に決めつけんなよ!」

 ガタン!

 木製の椅子が大きく鳴った。
 あつきが立ち上がる。
 あかりよりひとまわり大きいからだが、真正面に迫った。
 しかし、あかりは動じなかった。
 まるで、心が凍りついてしまったかのように。

「退いて」
「待て()()()! 話を──」
「そこ、私の席でしょ」

 あつきが黙った。
 あかりも黙る。

 数秒の沈黙。
 やがてあつきが、ゆっくり横へ退いた。

「……悪かった」
「そう」

 だが、空いた席にあかりは座らない。
 机のフックに掛けていたランチバッグを取る。

「今日は屋上で食べるから」
「おい……!」
「ついてこないで」

 言いっぱなしで教室を出る。
 追ってくる足音は、なかった。

 それでいい。
 そう思った。
 そう思ったはずなのに。

「……バカ」

 階段を上りながら、かすれた声が唇からこぼれた。
 あつきか、それとも自分か。
 どちらに向けた言葉なのか、わからなかった。