恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
春風に 散った花びら 追うように 過ぎた恋だけ 胸に舞い落つ


【短歌をテーマにした物語】
春風が吹くたびに、思い出す。

高校三年の春。

校庭の桜が散り始めた頃、私は彼に恋をしていた。

名前は、蓮。

同じクラスで、よく放課後まで残っていた。

「今年の桜、もう終わりだな」

窓の外を見ながら、蓮が言った。

「うん」

私は答えた。

本当は、桜のことなんてどうでもよかった。

ただ、彼の隣にいられる時間が終わってしまうことが嫌だった。

卒業が近づいても、私は告白できなかった。

蓮には、好きな人がいるらしい。

そんな噂を聞いてしまったからだ。

誰なのかは分からない。

でも、もし本当なら。

私が気持ちを伝えたら、今の関係まで壊れてしまう。

そう思ってしまった。

だから私は、何も言わなかった。

蓮も何も言わなかった。

卒業式の日。

最後に二人で校庭を歩いた。

桜の花びらが、風に舞っている。

「じゃあ、元気で」

「うん。蓮も」

たったそれだけ。

私は笑って手を振った。

胸の奥に「好き」を隠したまま。

卒業してから、何年も経った。

私は仕事を始め、新しい友達もできた。

恋人ができたこともあった。

それでも、春になると蓮を思い出した。

あの校庭。

あの制服。

あの帰り道。

そして、言えなかった言葉。

「好きだった」

過去形にすることで、私はようやく忘れられた気がしていた。

ある春の日。

高校時代の同級生から連絡が来た。

『今度、みんなで集まるんだけど来ない?』

懐かしい名前がいくつも並んでいた。

そして、その中に蓮の名前もあった。

少し迷った。

でも、行くことにした。

久しぶりに会った蓮は、少し大人になっていた。

「久しぶり」

「うん」

最初は、昔のように話せなかった。

仕事の話。

同級生の近況。

高校時代の思い出。

そんな話ばかりだった。

やがて、みんなが帰り、私と蓮だけが残った。

店の外へ出る。

春風が吹いた。

桜の花びらが、歩道に舞い落ちる。

「覚えてる?」

蓮が言った。

「何を?」

「卒業式の日」

胸が跳ねた。

「桜、すごかったよな」

「……うん」

少し沈黙があった。

そして蓮が言った。

「俺さ、あの頃、好きな人がいたんだ」

私は笑った。

「そうなんだ」

「うん」

胸の奥が、少しだけ痛んだ。

やっぱり。

あの噂は本当だったのだ。

「告白した?」

「できなかった」

「どうして?」

蓮は苦笑した。

「その人にも好きな人がいると思ってたから」

私は何も言えなかった。

すると彼が、こちらを見る。

「その人って……誰だと思う?」

心臓が止まりそうになった。

「分からないよ」

「君だよ」

風が吹いた。

花びらが一枚、私の肩に落ちた。

「……え?」

「ずっと好きだった」

私は笑おうとした。

でも、うまく笑えなかった。

「私も……」

声が震える。

「私も、ずっと好きだった」

あの日、私たちは互いに想い合っていた。

なのに、どちらも言葉にしなかった。

好きだったからこそ、関係を壊すのが怖かった。

そうして時間だけが過ぎていった。

春風に散った花びらのように、私たちの恋も過ぎ去ったと思っていた。

けれど。

散った花びらは、消えたわけではない。

地面に落ちて、次の季節を待っていた。

「今からでも、遅いかな」

蓮が聞いた。

私は首を横に振った。

「遅くないよ」

「本当に?」

「うん」

私は笑った。

「だって、今こうして会えたから」

春風が、もう一度吹いた。

舞い上がる花びらを見ながら、私は思う。

過ぎた恋は、戻ってこない。

でも、過ぎた時間の中に残した想いまで、消えてしまうとは限らない。

あの日、胸に舞い落ちた恋は、何年もの時間を越えて、今ようやく花を咲かせようとしていた。