恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
落ち葉踏む 君の隣を 歩きたい そんな願いが 秋空に舞う


【短歌をテーマにした物語】
 秋の並木道を歩くたび、私は少しだけ勇気が欲しくなる。

 赤や黄色に色づいた葉っぱが、風に吹かれて足元に舞い落ちる。踏みしめるたび、かさり、かさりと小さな音がした。

 隣を歩く人がいたら、きっと楽しいだろう。

 そんなことを考えながら、私はひとりで学校へ向かっていた。

 正確に言えば、ひとりではなかった。

 少し前を、同じクラスの佐伯くんが歩いている。

 彼はいつも登校時間が早い。駅から学校までの道も、私と同じだった。

 だから、朝のこの時間は、彼の後ろ姿を見つけることがよくある。

 声をかければいい。

 おはよう、と。

 それだけでいいのに、私はいつも迷ってしまう。

 友達と話しているときの彼は、よく笑う。授業中に先生から当てられて困っているときでさえ、最後には周りを笑わせてしまう。

 そんな彼が、私は好きだった。

 けれど、好きだからこそ、声をかけるのが難しい。

 もし迷惑そうな顔をされたら。
 もし、私だけが特別な気持ちを抱いていると知られたら。

 考えれば考えるほど、足が前に進まなくなる。

 今日も私は、彼の少し後ろを歩いていた。

 すると突然、彼が振り返った。

「おはよう、花音」

「……お、おはよう!」

 驚いて、声が裏返った。

 佐伯くんは気にした様子もなく、私の隣まで戻ってきた。

「今日、寒いね」

「うん。朝は特にね」

「もう冬が近いのかな」

 彼は空を見上げた。

 雲の少ない、澄んだ秋空だった。

「でも、こういう道は好きだな。落ち葉がきれいだし」

「……私も」

 本当は、景色だけが好きなわけではなかった。

 この道を、君と歩けたら。

 何度もそう思っていた。

 それなのに、いざ隣に並ぶと、何を話せばいいのかわからない。

 私は足元の落ち葉を見つめながら、必死に言葉を探した。

「佐伯くんは、毎朝この道を歩いてるの?」

「うん。花音もでしょ?」

「えっ、どうして?」

「よく見かけるから」

 彼は何でもないことのように答えた。

「いつも少し後ろを歩いてるよね」

 心臓が跳ねた。

 気づかれていたんだ。

 私は恥ずかしくなって、うつむいた。

「……ごめんね。なんか、声をかけるタイミングがわからなくて」

「なんで謝るの?」

「だって……」

 好きだから。

 そんな言葉を口にできるはずもなかった。

 黙り込んだ私を見て、彼は少し考えるような顔をした。

 それから、ふっと笑った。

「じゃあ、明日から一緒に歩こうよ」

「……え?」

「せっかく同じ道なんだし。俺も、花音と話してみたかったから」

 聞き間違いかと思った。

 私は顔を上げた。

「私と?」

「うん」

 彼は照れくさそうに頬をかいた。

「クラスでは話すけど、朝はいつもひとりだったからさ。誰かと話しながら歩くのもいいかなって」

 胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 明日から。

 彼と一緒に。

 そんなことが、本当にあっていいのだろうか。

「……うん。私も、一緒に歩きたい」

 小さな声だったけれど、今度はちゃんと言えた。

 佐伯くんは笑った。

「じゃあ、明日もここで会おう」

 その約束をしただけで、目の前の景色がいつもより鮮やかに見えた。

 *

 翌朝、私はいつもより五分早く家を出た。

 駅から続く並木道には、昨夜の風で落ちた葉っぱがたくさん散らばっていた。

 約束の場所に着くと、佐伯くんはすでに待っていた。

「おはよう、花音」

「おはよう!」

 昨日より少しだけ自然に挨拶ができた。

 私たちは並んで歩き始めた。

 かさり、かさり。

 二人分の足音が、落ち葉の上に重なる。

 学校のこと、昨日見たテレビのこと、好きな食べ物のこと。

 話してみると、彼には知らなかった一面がたくさんあった。

 実は甘いものが好きなこと。
 休日には家で本を読んでいること。
 冬になったら、駅前のカフェで温かいココアを飲みたいと思っていること。

 私が知らなかった彼を、少しずつ知っていく。

 それが、こんなにも幸せだなんて知らなかった。

「花音は、冬になったら何したい?」

 彼が尋ねた。

 私は少し考えた。

「……きれいなイルミネーションを見に行きたいかな」

「いいね。俺も見たいな」

 そこで会話が途切れた。

 言ってみようか。

 もしよかったら、一緒に行かない?

 でも、それはまるでデートに誘っているみたいだ。

 どうしよう。

 迷っているうちに、学校の門が見えてきた。

 結局、私は何も言えなかった。

 それでも、彼は別れ際に笑って言った。

「明日も一緒に行こうな」

「……うん!」

 今度こそ、もう少しだけ勇気を出そう。

 そう思った。

 *

 それから、私たちは毎朝一緒に登校するようになった。

 雨の日には傘を並べて歩き、風の強い日には落ち葉が舞い上がるのを二人で笑った。

 少しずつ、彼の隣が当たり前になっていく。

 けれど、私の気持ちは変わらなかった。

 彼が笑うたび、うれしくなる。

 名前を呼ばれるたび、胸が高鳴る。

 もっと一緒にいたい。

 いつか、この気持ちを伝えたい。

 十一月のある朝、並木道の木々はすっかり葉を落としていた。

「もう、秋も終わりだね」

 私が言うと、佐伯くんは空を見上げた。

「そうだね。最初に一緒に歩いた日、覚えてる?」

「もちろん」

 忘れるはずがない。

 私がずっと願っていたことを、彼が叶えてくれた日なのだから。

「俺さ、あの日から朝が楽しみになったんだ」

 彼は少し照れたように笑った。

「花音と話しながら歩けるから」

 私は立ち止まりそうになった。

 そんなことを言われたら、また好きになってしまう。

 もう、とっくに好きなのに。

「……私もだよ」

 どうにか、それだけ答えた。

 冷たい風が吹き、私たちの足元を落ち葉が転がっていった。

 私はその一枚を見つめながら、心の中でそっと願った。

 冬になっても、春になっても。

 季節が変わって、景色が変わっても。

 こうして君の隣を歩いていたい。

 いつか、友達という名前では足りなくなる日が来ても。

 そのときも、君の隣にいられたらいい。

 秋空はどこまでも高く、青かった。

 落ち葉を踏みながら、私は君の隣を歩く。

 ずっと願っていた、何でもない朝。

 それは私にとって、何よりも大切な時間だった。