恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
焼き芋を 半分こして 笑う君 こんな時間が 宝物だよ

 
【短歌をテーマにした物語】
 十月の終わり、放課後の風が少し冷たくなったころ。

 私は駅前の小さな焼き芋屋さんの前で、足を止めた。

 店先から、甘く香ばしい匂いが漂っている。焼きたての芋が並ぶ箱からは、白い湯気がふわりと立ち上っていた。

「……おいしそう」

 思わずつぶやいた、そのとき。

「食べたいの?」

 隣から声がした。

 振り向くと、同じクラスの直人が笑っていた。

「えっ、いや、別に……」

「今、めちゃくちゃ食べたそうな顔してたけど」

「してない!」

「してたって」

 直人は楽しそうに笑う。

 私は少しだけむっとした。

 でも、本当は食べたかった。

 お昼ごはんを食べてから、もうずいぶん時間が経っている。部活のない今日は、そのまま帰るつもりだったけれど、焼き芋の匂いには勝てそうになかった。

 そんな私を見て、直人は財布を取り出した。

「じゃあ、買おうぜ」

「えっ?」

「一本だけ。半分こしよう」

 あまりにも自然に言うので、私は返事を忘れてしまった。

 半分こ。

 ただ焼き芋を分けるだけなのに、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。

「……いいの?」

「もちろん。俺も食べたいし」

 直人はそう言って、店のおばあさんに焼き芋を一本注文した。

 *

 焼き芋を受け取ると、直人は近くの公園へ向かった。

 公園のベンチには、赤や黄色の落ち葉が積もっていた。少し離れた場所では、小さな子どもたちが元気に走り回っている。

「ここで食べようぜ」

「うん」

 私たちは並んでベンチに座った。

 紙袋の中の焼き芋は、まだ熱かった。

「熱いから気をつけろよ」

「わかってるって」

 私は両手で焼き芋を受け取り、そっと息を吹きかけた。

 皮をむくと、黄金色の中身が顔を出す。

 ほくほくしていて、見るからに甘そうだった。

「うわ、おいしそう!」

「だろ?」

 直人が満足そうに笑う。

 私たちは焼き芋を半分に割った。

 ぱきっと小さな音がして、湯気が立ち上る。

 大きさは、ほとんど同じ。

「はい、こっちが美咲の」

「ありがとう」

 名前を呼ばれただけで、心が少しだけ弾んだ。

 私は焼き芋をひと口かじった。

「……おいしい!」

「な? 当たりだったな」

 直人もひと口食べる。

 それから、こちらを見て笑った。

 その笑顔が、夕方の光に照らされていた。

 私は思わず見とれてしまった。

「何?」

「えっ?」

「なんか、ずっと見てるけど」

「み、見てないよ!」

「ほんとに?」

「ほんと!」

 慌てて焼き芋にかじりつく。

 熱い。

「あつっ……!」

「だから気をつけろって言ったじゃん」

 直人は声を立てて笑った。

 私もつられて笑ってしまう。

 おかしくて、恥ずかしくて、でも楽しくて。

 こんなふうに笑ったのは、久しぶりだった。

 学校では、毎日いろいろなことがある。

 小テストの点数が悪くて落ち込む日もあるし、友達との会話がうまくいかなくて、ひとりで考え込む日もある。

 進路のことだって、まだ決めきれない。

 大人になるにつれて、考えなければいけないことが増えていく。

 だけど今は、何も考えなくてよかった。

 焼き芋がおいしくて。

 隣に直人がいて。

 二人で笑っている。

 それだけで、十分だった。

 *

「なあ、美咲」

 焼き芋を食べ終えたころ、直人が言った。

「ん?」

「また来ような」

「……ここに?」

「うん。次は違う店もいいけど」

 彼は空になった紙袋をたたみながら続けた。

「寒くなってきたら、肉まんとか。冬になったら、あったかいココアとかさ」

 私は目を瞬いた。

 次。

 冬。

 そんな先のことまで、直人は当たり前のように話してくれる。

「……うん。行きたい」

 そう答えると、直人はうれしそうに笑った。

「約束な」

 差し出された小指を見て、私は少し驚いた。

「なにそれ。子どもみたい」

「いいだろ、別に」

 そう言いながらも、直人は小指を引っ込めなかった。

 私はそっと、自分の小指を絡めた。

 指先が触れた。

 ほんの一瞬。

 それなのに、焼き芋を食べたときよりも、ずっと胸が温かくなった。

 約束なんて、きっと小さなことだ。

 明日になれば忘れてしまうような、何気ない約束かもしれない。

 それでも私は、忘れたくないと思った。

 直人と交わした約束も。

 今日の笑顔も。

 半分こした焼き芋の甘さも。

 *

 駅へ向かう帰り道。

 並んで歩く直人の横顔を、私はそっと見上げた。

「ねえ、直人」

「ん?」

「今日、楽しかったね」

 直人は少し驚いたように私を見て、それから笑った。

「うん。楽しかった」

「焼き芋、おいしかったし」

「それもあるけどさ」

「え?」

「美咲と一緒だったから、じゃない?」

 足が止まった。

 直人は、私が立ち止まったことに気づかず、二、三歩進んでから振り返った。

「どうした?」

 夕日に照らされた彼の顔は、いつもどおりだった。

 きっと、深い意味なんてない。

 友達として言っただけ。

 そう思おうとしたのに、心臓はうるさいくらいに跳ねていた。

「……なんでもない」

 私は急いで彼の隣に戻った。

 顔が熱い。

 秋の風は冷たいのに、頬だけがぽかぽかしている。

 好きだな。

 ふいに、そんな気持ちが胸いっぱいに広がった。

 特別な場所に連れていってくれなくてもいい。

 高価なプレゼントをもらわなくてもいい。

 こうして隣を歩いて、くだらないことで笑って、食べ物を半分こして。

 そんな時間を、これからも一緒に過ごせたらいい。

 いつか今日のことを思い出したとき、きっと私は笑うだろう。

 あの秋の日、駅前で焼き芋を買ったね、と。

 半分こした焼き芋が、びっくりするくらい甘かったね、と。

 そして、あの日から私は、君と過ごす何気ない時間を、ひとつずつ大切にするようになったのだと。

 空には、秋の夕焼けが広がっていた。

 私は隣を歩く直人に、そっと笑いかけた。

 こんな時間が、宝物だよ。

 まだ、その言葉を直接伝える勇気はない。

 でも、いつかきっと。

 君が隣にいてくれるこの幸せを、ちゃんと言葉にして伝えたい。