恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
 マフラーを 二人で巻いて 歩く道 君のぬくもり 冬まで続け
 

【短歌をテーマにした物語】
 秋が深まると、帰り道の風が少しずつ冷たくなっていく。

 駅まで続く並木道は、赤や黄色に色づいた葉でいっぱいだった。

 私は制服の襟元を指で押さえながら、隣を歩く悠真をちらりと見た。

「寒くない?」

 彼が尋ねる。

「ちょっとだけ」

「そっか」

 それだけ言って、悠真は自分のマフラーをほどいた。

「えっ、何?」

「半分こしよう」

 差し出されたマフラーを見て、私は思わず足を止めた。

「でも、それじゃ悠真も寒いでしょ?」

「二人で巻けば、少しは暖かいんじゃない?」

 彼は当たり前のように笑った。

 私たちは付き合い始めて、まだ二週間しか経っていない。

 クラスメイトだったころは、毎日のように話していた。冗談を言い合って、宿題を見せ合って、放課後には一緒に駅まで歩いた。

 だから、告白されたときも、付き合い始めたときも、これまでとあまり変わらないと思っていた。

 けれど、恋人になってみると、同じ帰り道がまるで違って見える。

 隣を歩く彼の肩が近いだけで、心臓が落ち着かなくなる。

「ほら、こっち」

 悠真がマフラーの端を私の首に巻き、もう片方を自分の首に回した。

 ふわりと、彼の使っている柔軟剤の香りがした。

 思った以上に距離が近い。

 少し顔を動かせば、彼の肩に触れてしまいそうだった。

「……あったかいね」

 照れ隠しにそう言うと、悠真が笑った。

「だろ?」

 その声がすぐそばから聞こえる。

 私はマフラーに口元を埋めた。

 寒さのせいだけではない熱が、頬に集まっていく。

 *

「ねえ、悠真」

「ん?」

「私たち、冬になってもこうやって帰れるかな」

 口にしてから、ずいぶん先のことを聞いてしまったと思った。

 まだ秋なのに。

 付き合い始めて二週間なのに。

 まるで、ずっと先まで一緒にいたいと言っているみたいだ。

「……なんで?」

 悠真がこちらを向いた。

「だって、三年生になったらクラスが変わるかもしれないし。部活も忙しくなるかもしれないし」

 私は慌てて言葉を続けた。

「今みたいに一緒に帰れなくなるかもしれないでしょ?」

 本当は、もっと単純なことだった。

 今日みたいな時間が好きだった。

 隣で笑う彼が好きだった。

 だから、この時間がいつかなくなってしまうことを考えると、少し怖かったのだ。

 悠真はしばらく黙っていた。

 しまった。

 重いと思われただろうか。

 私はうつむき、マフラーの端をぎゅっと握った。

 すると、隣から小さな声が聞こえた。

「俺は、帰りたいけどな」

「……え?」

「冬になっても、春になっても。できるだけ一緒に帰りたい」

 顔を上げると、悠真は少し照れたように笑っていた。

「もちろん、毎日絶対って約束はできないけどさ。帰れる日は、一緒に帰ろうよ」

 胸の奥がじんわりと温かくなった。

 私は、うまく返事ができなかった。

「……うん」

 やっとそう答えると、悠真は安心したように笑った。

 その笑顔を見ていたら、もう少しだけ欲張りになってもいい気がした。

「じゃあ、冬になったら……」

「うん?」

「今度は、私がマフラーを持ってくるね」

 悠真は目を丸くしたあと、声を立てて笑った。

「いいね。じゃあ、次は春香のマフラーを半分こだ」

「……うん!」

 名前を呼ばれただけなのに、胸がいっぱいになった。

 いつか、この日を思い出すことがあるだろうか。

 秋の帰り道。

 一つのマフラーを二人で分け合って、冬になっても一緒に帰ろうと約束した日。

 そんな何でもない一日が、私にとって特別な思い出になっていく。

 *

 駅に着くころには、空がすっかり夕焼けに染まっていた。

 改札の前で、私たちは立ち止まった。

「じゃあ、また明日」

 悠真が言う。

「うん。また明日」

 マフラーを返そうとすると、彼は首を横に振った。

「今日は貸しとくよ。明日、返して」

「えっ、いいの?」

「うん。明日も会うんだし」

 何でもないことのように言って、彼は改札を通っていった。

 私はその後ろ姿を見送りながら、首元に残るぬくもりを確かめた。

 明日も会える。

 明日も一緒に帰れるかもしれない。

 そう思うだけで、明日が待ち遠しくなった。

 帰宅してからも、私はしばらくマフラーを手放せなかった。

 鏡の前で首に巻き直してみる。

 少し大きくて、私には似合わない気もした。

 それでも、彼が巻いてくれたマフラーだと思うと、なんだか特別に見えた。

 窓の外では、冷たい風が木々を揺らしている。

 秋は、もうすぐ終わるのだろう。

 やがて冬が来て、街は白い息とイルミネーションで彩られる。

 そのときも、彼の隣を歩いていたい。

 寒いね、と笑い合って。

 手が冷たいね、と言いながら。

 時々、肩が触れるくらいの距離で。

 私はマフラーの端をそっと握りしめた。

 明日、彼に会ったら伝えよう。

 貸してくれてありがとう、と。

 それから、もう一つ。

 君と一緒に帰る時間が、私の一日の中でいちばん好きだということを。

 まだ言えないかもしれない。

 でも、いつかきっと。

 マフラーを二人で巻いて歩く、この帰り道のように。

 君のぬくもりが、冬まで続きますように。

 そして、冬が過ぎても、その先の季節も。

 君の隣で笑っていられますように。