恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
 初詣君と並んで手を合わせ願いの中に君がいること

 

【短歌をテーマにした物語】
 元日の朝、私はいつもより少しだけ早く家を出た。

 待ち合わせ場所の駅前には、振り袖姿の女の子や、家族連れの人たちが行き交っている。吐く息は白く、冬の空気は頬に冷たかった。

 それでも、寒さなんて気にならなかった。

 今日は、恋人の悠真と初詣に行く約束をしている。

 付き合い始めて、もうすぐ半年。

 去年の今頃は、まさか今年のお正月を恋人と過ごすことになるなんて、想像もしていなかった。

「お待たせ!」

 聞き慣れた声に振り向くと、悠真が小走りでやってきた。

「ごめん、待った?」

「ううん。私も今来たところ」

 本当は十五分も前から待っていたけれど、そんなことは言わなかった。

 悠真は私の顔を見て、にこっと笑った。

「明けましておめでとう。今年もよろしくな」

「明けましておめでとう。今年もよろしくね」

 たったそれだけの挨拶なのに、胸の奥がくすぐったくなる。

 去年までは、友達として交わしていた新年の挨拶。

 今年は恋人として、隣に立っている。

 それが嬉しくて、私は何度も彼の横顔を盗み見た。

 神社に着くと、境内は大勢の参拝客で賑わっていた。

 参道には屋台が並び、甘い匂いが風に乗って漂ってくる。遠くから聞こえる太鼓の音や、楽しそうな人々の声。

 私たちは人の流れに合わせて、ゆっくりと本殿へ向かった。

「何をお願いする?」

 悠真が尋ねた。

「えっ、まだ決めてない」

「俺は決めた」

「何を?」

「それは秘密」

 そう言って、彼はいたずらっぽく笑った。

「ずるい。気になるじゃん」

「じゃあ、そっちも秘密にすればいいだろ」

「……そうする」

 私は少しだけ頬を膨らませた。

 でも、本当はもう決まっていた。

 お願いしたいことは、ずっと前からひとつだけ。

 やがて私たちの順番がやってきた。

 賽銭を入れ、鈴を鳴らす。

 隣には悠真がいる。

 私は目を閉じ、静かに手を合わせた。

 今年も、悠真とたくさん笑えますように。

 嬉しいことがあったら、一緒に喜べますように。

 悲しいことがあったときには、隣で支え合えますように。

 そして、来年のお正月も、その先も。

 こうして隣にいられますように。

 願い事を思い浮かべているうちに、ふと気づいた。

 私が願っていることの中には、いつだって悠真がいる。

 学校であった出来事を話したいときも。

 きれいな景色を見つけたときも。

 おいしいものを食べたときも。

 真っ先に思い浮かぶのは、彼の顔だった。

 いつから、こんなふうになったんだろう。

 いつから私は、自分の未来を考えるとき、当たり前のように彼の姿を思い浮かべるようになったんだろう。

 目を開けると、悠真もちょうど手を下ろしたところだった。

「何をお願いしたの?」

 私が尋ねると、彼は少し考えてから答えた。

「秘密って言っただろ」

「まだ秘密なの?」

「うん。でも、ひとつだけ教えてやる」

 彼は私の目をまっすぐに見た。

「今年も、お前といっぱい思い出を作りたいって思った」

 心臓が、どきんと音を立てた。

「……それ、お願い事なの?」

「そう。だって、思い出って勝手には増えないだろ。一緒に出かけたり、話したり、いろんなことをしたり。そういうのが必要じゃん」

 悠真は少し照れくさそうに頭をかいた。

「だから、今年もよろしくな」

 私はすぐに返事ができなかった。

 胸がいっぱいになって、言葉がうまく出てこない。

 私が願ったことと、彼が願ったこと。

 まったく同じではないかもしれない。

 それでも、同じ未来を見ているような気がした。

「……うん。今年もよろしくね」

 ようやくそう答えると、悠真は嬉しそうに笑った。

 参拝を終えた私たちは、おみくじを引くことにした。

 私は小吉、悠真は大吉。

「やった。俺、大吉!」

「いいなあ。私、小吉だった」

「いいじゃん。これから運がよくなるってことだろ?」

「そういう考え方もあるね」

 おみくじを結びに行こうとしたとき、悠真がふと思い出したように言った。

「そうだ。小吉でも大吉でも、今年も一緒にいられたら、それでよくない?」

 私は思わず彼を見た。

 そんなことを、さらりと言ってしまう。

 ずるい人だと思った。

 何気ない言葉ひとつで、私の心をこんなにも温かくしてしまうのだから。

「……そうだね」

 私は笑って答えた。

 神社を出たあと、私たちは屋台で甘酒を買い、並んで飲んだ。

 熱い甘酒を両手で包みながら、悠真が今年行きたい場所をいくつも挙げていく。

 春には桜を見に行きたい。

 夏には花火大会。

 秋には紅葉を見に行って、冬にはまたこうして初詣に来る。

「全部行けるかな?」

 私が尋ねると、彼は迷いなくうなずいた。

「行こうよ。まだ一年もあるんだから」

 その言葉が嬉しかった。

 未来の話をすること。

 その未来の中に、自分がいること。

 こんなにも幸せなことがあるのだと、私は初めて知った。

 帰り道、ふと空を見上げる。

 冬の空は澄み渡り、雲の向こうから柔らかな光が差し込んでいた。

 特別な願いが、必ず叶うとは限らない。

 来年も、再来年も、同じように笑っていられるかどうかは、誰にもわからない。

 それでも私は、今日のこの気持ちを大切にしたいと思った。

 隣を歩く悠真の声。

 並んだ足音。

 何気ない会話の合間に交わす笑顔。

 ひとつひとつを積み重ねていけば、願った未来に少しずつ近づいていける気がした。

「ねえ、悠真」

「ん?」

「来年も、一緒に初詣に来ようね」

 彼は一瞬驚いた顔をして、それから笑った。

「もちろん。来年だけじゃなくて、ずっと来ればいいじゃん」

 その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。

 私はもう一度、心の中でそっと願った。

 来年も、その先も。

 あなたと並んで、同じ景色を見られますように。

 神様に届けた願いは、たぶん、とても小さなものだ。

 けれど、私にとっては何よりも大切な願いだった。

 初詣。

 君と並んで手を合わせた。

 新しい一年の幸せを願ったとき、私の願いの中には、いつだって君がいた。