恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
いつもより少し早くに家を出て君に会う日の空を見上げる 


 
【短歌をテーマにした物語 】
 目覚まし時計が鳴るよりも、ずっと早く目が覚めた。

 カーテンの隙間から差し込む朝の光を見つめながら、私はしばらく布団の中でぼんやりしていた。

 今日は、君と初めて二人きりで出かける日。

 昨日の夜は、何を着ていこうか何度も悩んだ。お気に入りのブラウスを出しては戻し、髪型を考えては鏡の前で試してみた。

 たった一日のお出かけなのに、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。

「……楽しみすぎるでしょ、私」

 誰もいない部屋でつぶやいて、思わず笑ってしまった。

 待ち合わせは午前十時、駅前の時計台。

 家を出るには、まだ十分すぎるほど時間があった。

 それでも私は、朝ごはんを食べ終えるとすぐに支度を始めた。鏡の前で前髪を整え、鞄の中身を確認する。スマートフォン、財布、ハンカチ。忘れ物はない。

 最後にもう一度、鏡を見る。

 いつもと同じ私。

 けれど、今日の私は少しだけ違う気がした。

 君に会える。

 そのことだけで、世界が昨日より明るく見えた。

 玄関を出ると、秋の風が頬をなでた。

 空はよく晴れていて、薄い雲がゆっくりと流れている。道端の街路樹は少しずつ色づき始め、朝日に照らされた葉っぱがきらきらと光っていた。

 私は思わず足を止め、空を見上げた。

 こんなに空がきれいだったなんて、知らなかった。

 いつもなら、学校に遅れないようにと急いで歩くだけの道。空を見上げる余裕なんて、ほとんどなかった。

 でも今日は違う。

 歩くたびに、胸の奥が弾んでいる。

 駅までの道のりが、いつもより短く感じられるような、反対に、もっとゆっくり歩きたいような、不思議な気持ちだった。

 君は、どんな服を着てくるんだろう。

 待ち合わせ場所に着いたら、最初になんて言おう。

 楽しみだね、と笑えたらいいな。

 そんなことを考えているうちに、駅前の時計台が見えてきた。

 時計を見る。

 午前九時二十分。

 早すぎた。

 私は小さく息を吐き、駅前のベンチに腰を下ろした。

 スマートフォンを取り出してみたけれど、君からの連絡はまだない。もちろん、約束の時間まで四十分もあるのだから、当たり前だ。

 それなのに、画面を何度も確認してしまう。

 私は自分の行動がおかしくて、くすりと笑った。

 好きになるって、こういうことなのかな。

 会う約束をしただけで、朝が待ち遠しくなる。

 まだ会ってもいないのに、笑顔を想像してしまう。

 たった一言の「おはよう」を、何度も心の中で練習してしまう。

 いつからだろう。

 君と話すのが楽しみになったのは。

 君からのメッセージを、何度も読み返すようになったのは。

 気づけば、君がいない時間にまで、君のことを考えていた。

「……早く来ないかな」

 つぶやいた声は、朝のざわめきに溶けて消えた。

 そのとき、スマートフォンが震えた。

『ごめん、少し早く着きそう! もう駅にいる?』

 画面を見た瞬間、胸が大きく跳ねた。

 私は慌てて返信する。

『うん、もう着いてるよ!』

 送信してから、はっとした。

 もう着いているどころか、ずいぶん前から待っている。

 そんなことを知られたら、どれだけ楽しみにしていたのか、全部ばれてしまいそうだ。

 スマートフォンを鞄にしまい、私は立ち上がった。

 改札の向こうを見つめる。

 人の流れの中に、見慣れた姿があった。

 君だ。

 私を見つけた君が、少し驚いたように目を丸くしたあと、いつもの笑顔で手を振ってくれた。

「おはよう。待った?」

「ううん、今来たところ!」

 思わず、いつもの嘘をついてしまった。

 君は「そっか」と笑って、私の隣に並んだ。

「今日はいい天気だね」

「うん。すごくきれいな空」

「ほんとだ」

 二人で空を見上げる。

 さっきまで一人で見ていた空と、同じ空のはずなのに。

 隣に君がいるだけで、どうしてこんなに違って見えるんだろう。

「じゃあ、行こうか」

 君がそう言って歩き出す。

 私も、その隣に並んだ。

 今日はきっと、特別な一日になる。

 何かすごいことが起きるわけじゃなくてもいい。たくさん笑って、好きなものを見て、帰り道に「楽しかったね」と言い合えたら、それだけで十分だ。

 そして明日の朝も、きっと私は思い出す。

 君に会える日を待ちきれなくて、いつもより早く家を出たこと。

 少し冷たい秋の風。

 見上げた空の青さ。

 そして、待ち合わせ場所で見つけた君の笑顔。

 私は隣を歩く君をそっと見た。

「ねえ、今日はいっぱい楽しもうね」

「うん。楽しみにしてたんだ」

 君が笑う。

 その言葉が嬉しくて、私はまた空を見上げた。

 君に会う日だから、いつもより早く目が覚めた。

 君に会う日だから、いつもより早く家を出た。

 そして君に会えたから、いつもの空が、忘れられない空になった。

 きっと恋は、こんなふうに始まるのだと思う。

 特別な何かが起こる前から、もう世界は少しずつ変わり始めている。

 君に会う日の朝は、いつもより少しだけ、空がきれいだ。