恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
若き日の 恋とは違う 静けさで 君の隣に いる幸せよ


【短歌をテーマにした物語】
若い頃の恋は、もっと激しいものだと思っていた。

胸が高鳴って、会えない時間が苦しくて、少しの言葉で一喜一憂する。

そんな恋こそが、本物なのだと思っていた。

でも今、私は知っている。

愛は、静かに寄り添うものでもあるのだと。

二十年前。

私は恋に夢中だった。

相手は同じ会社で働いていた彼――健司。

初めて会った日のことは、今でも覚えている。

仕事で失敗して落ち込んでいた私に、彼は缶コーヒーを差し出した。

「頑張りすぎなくていいよ」

たった一言。

それだけだった。

でも、その優しさに心を奪われた。

メールが来るだけで嬉しくなった。

電話が鳴るだけで胸が躍った。

休日に会える日は、朝から何を着ていくか悩んだ。

若かった私は、恋とはそういうものだと思っていた。

やがて私たちは結婚した。

新しい生活。

二人だけの部屋。

初めて一緒に選んだ家具。

何もかもが新鮮だった。

でも、時間が経つにつれて、恋の形は少しずつ変わっていった。

毎日の「好き」という言葉は減った。

記念日のサプライズも少なくなった。

仕事から帰ってきても、疲れて会話が少ない日もあった。

時々思った。

「昔みたいなドキドキは、もうなくなったのかな」

ある冬の日、私は風邪をひいて寝込んでいた。

目を覚ますと、枕元に水と薬が置いてあった。

「起きた?」

健司が部屋に入ってきた。

「大丈夫か?」

「……ありがとう」

昔なら、もっと甘い言葉が欲しかったかもしれない。

「好きだよ」

「ずっと一緒にいよう」

そんな言葉を期待したかもしれない。

でも、その時の私は違った。

何も言わずに薬を用意してくれたこと。

忙しいのに早く帰ってきてくれたこと。

その優しさが、胸いっぱいに広がった。

彼の看病の甲斐もあって程なく私は復調し、私達は二人で近所を散歩した。

昔デートで歩いた道。

あの頃は手をつないで歩いていた。

今は少し距離を空けて歩く。

でも、不思議と寂しくなかった。

「この店、まだあるんだな」

健司が言う。

「覚えてる?」

「覚えてるよ。初めて一緒に入った店だろ」

何気ない会話。

特別なことなんて何もない。

でも、その時間が愛おしかった。

家に戻ると、健司が窓を開けた。

冷たい風が部屋に入る。

「寒いな」

「閉めてよ」

笑いながら言う。

そんなやり取りが、私は好きだった。

若い頃の恋は、花火のようだった。

大きく輝いて、心を奪う。

でも今の愛は、暖炉の火のようだ。

派手ではない。

けれど、ずっとそばで温めてくれる。

夜、隣で眠る健司の寝顔を見る。

白くなった髪。

少し増えた皺。

昔とは変わった姿。

でも、変わらないものもある。

私の隣にいてくれること。

私を大切に思ってくれていること。

それだけで十分だった。

「ねえ」

「ん?」

「幸せ?」

突然聞くと、健司は少し考えた。

そして笑った。

「幸せだよ」

「どうして?」

「君が隣にいるから」

胸の奥が温かくなる。

昔なら、涙が出るほど嬉しい言葉だったかもしれない。

今は違う。

静かに、深く、心に染みる。

人生には、燃え上がる恋もある。

忘れられないほど強い想いもある。

でも、長い時間を共に歩いた先にある幸せは、もっと穏やかで、もっと優しいものなのかもしれない。

私は隣にいる大切な人の手を、そっと握った。

若き日の恋とは違う。

静かな温もりに包まれながら。

今日も私は思う。

あなたの隣にいられることが、

何より幸せなのだと。