恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】 
偶然に会ったと思ったあの場所で何度も君と出会い重ねる

 
【短歌をテーマに物語】
 最初は、本当にただの偶然だった。

 駅前の小さな本屋。

 学校帰りにたまたま立ち寄っただけだった。

 新刊を眺めていた私は、棚の向こうから伸びてきた手と、自分の手が同じ本に触れたことで顔を上げた。

「あ……」

 そこにいたのは、同じ学校の男の子だった。

 同じ学年。

 けれど、今まで話したことはない。

「あ、ごめん」

「ううん。どうぞ」

「ありがとう」

 彼は本を手に取ると、そのままレジへ向かった。

 たったそれだけ。

 名前すら知らない。

 だから、その日のこともすぐに忘れると思っていた。

 ――そう思っていた。

 *

 数日後。

 私はまた、その本屋にいた。

 お気に入りの小説の新刊が出たからだ。

 店内を歩いていると。

「あ」

 また、いた。

 あの日の男の子。

 彼もこちらに気づいたらしい。

「あのときの」

「……こんにちは」

「こんにちは」

 二人で少し笑う。

「よく来るの?」

 彼が聞いてきた。

「うん。ここ好きだから」

「俺も」

 それから少しだけ話した。

 好きな作家が同じだと分かった。

 それだけの会話だった。

 店を出るとき。

「じゃあ、また」

「うん。またね」

 手を振った。

 また。

 その言葉が、妙に心に残った。

 *

 それから一週間。

 私は学校帰りに、また本屋へ向かった。

 別に。

 彼に会いたいからではない。

 ……たぶん。

 店に入る。

 いない。

 少しだけ残念に思った。

 私は新刊を探す。

 すると。

「こんにちは」

 背後から声がした。

 振り返る。

 彼だった。

「……また会ったね」

「うん」

「今日は会わないと思ってた」

「私も」

 二人で笑う。

 その日から。

 不思議なことが続いた。

 *

 次の週。

 駅前のベンチで、彼を見かけた。

 さらに次の週。

 学校近くの喫茶店で、彼が本を読んでいた。

 休日に友達と出かけた先でも、偶然彼とすれ違った。

「また?」

「まただね」

 顔を合わせるたび、二人で笑った。

「俺たち、よく会うね」

「そうだね」

「もしかして、行く場所が似てるのかな」

「かもしれない」

 そう言いながら。

 私は少しだけ期待するようになっていた。

 ――今日も会えるかな。

 そんなことを思ってしまう。

 最初は偶然だった。

 二度目も偶然。

 三度目も。

 でも。

 何度も続くと、偶然という言葉だけでは片づけたくなくなってくる。

 *

 ある夕方。

 いつもの本屋へ向かう。

 けれど、その日はなぜか足が重かった。

 別に約束をしているわけじゃない。

 彼がいる保証もない。

 それでも。

 店の扉を開ける。

 店内を見回す。

 いない。

「……そっか」

 私は少しだけ肩を落とした。

 すると。

「探してる?」

「え?」

 店員さんの声だった。

「何を?」

「いや、さっきから入口を気にしてるから」

「……!」

 恥ずかしくなって、私は本棚へ逃げるように向かった。

 そのとき。

 入口のベルが鳴った。

「こんにちは」

 聞き慣れた声。

 私は振り返った。

 彼が立っていた。

「……また会ったね」

 彼が笑う。

「うん」

「なんか、安心する」

「え?」

「ここに来れば会える気がしてきた」

 胸が高鳴った。

「私も……」

 小さな声で答える。

「ここに来ると、君がいるかもって思ってる」

 彼が少し驚いた顔をする。

「……じゃあ」

「うん?」

「今度は偶然じゃなくて、会わない?」

 私は目を瞬いた。

「約束するってこと?」

「そう」

 彼が照れくさそうに笑う。

「次の土曜日、ここで待ってる」

 胸の奥が温かくなる。

「分かった」

 私は頷いた。

 *

 土曜日。

 約束の時間より少し早く、本屋へ着いた。

 店の前で待つ。

 しばらくすると。

「ごめん、待った?」

 彼が走ってきた。

「ううん。今来たところ」

 お互いに笑う。

 今日は偶然じゃない。

 ちゃんと約束して、会った。

「じゃあ、行こうか」

「どこに?」

「新しくできた本屋。ちょっと遠いけど」

「いいね」

 二人で歩き出す。

 今まで何度も、偶然出会った。

 でも。

 これからは。

 偶然に任せなくてもいい。

 歩きながら、私は思った。

 最初は、ただの偶然だった。

 けれど。

 何度も君と出会えたから。

 君と話すようになった。

 君をもっと知りたいと思うようになった。

 そして今。

 私は、自分から君に会いたいと思っている。

 何度目かの偶然が。

 いつの間にか、二人の約束へと変わっていた。

 きっと運命というものがあるのなら。

 それは、最初から決められたものではなく。

 何度も重なった偶然を、大切にした先に生まれるものなのかもしれない。

 隣を歩く彼を見る。

 目が合う。

 二人で笑う。

 次に会う日は、もう決まっている。

 だから今日は。

 偶然じゃない。

 そんなことが、なんだか少し嬉しかった。