【短歌】
嫌いだと 思っていたのに いつの間に 君の笑顔を 探してる朝
【短歌をテーマにした物語】
私は、彼のことが嫌いだった。
正確に言えば、最初から嫌いだったわけではない。
入学式の日、初めて同じクラスになった彼は、教室の隅で友達と笑っていた。
それを見たときは、ただ「明るい人だな」と思っただけだった。
けれど、委員会で一緒になってから印象は変わった。
「これ、今日中にやっといて」
彼はそう言って、私に仕事を押しつけてきた。
「自分でやれば?」
「俺、こういう細かいの苦手だから」
「私だって得意じゃないんだけど」
「でも、君のほうがしっかりしてるし」
悪びれもしない。
それが妙に腹立たしかった。
しかも、次の日には、
「昨日ありがと」
なんて、何事もなかったように笑う。
その笑顔を見るたび、私はますます腹が立った。
――調子がいい。
――自分勝手。
――絶対に仲良くなれない。
そう思っていた。
だから、彼と話すときはいつも少し棘のある言い方をしていた。
「また忘れ物?」
「うん」
「本当にだらしないね」
「よく言われる」
「反省してないでしょ」
「してるしてる」
そう言いながら笑う彼。
私はその笑顔が嫌いだった。
……そう思っていた。
*
ある朝。
いつもの時間に学校へ着く。
教室にはまだ数人しかいない。
鞄を机に置いて、窓の外を見る。
校門から、次々と生徒が入ってくる。
私は何気なくその中を眺めていた。
そして――。
ふと気づいた。
私は、彼を探していた。
「……あれ?」
自分でも驚いた。
どうして私は、彼を探しているんだろう。
昨日、彼とは何も話していない。
今日だって、別に話したいわけじゃない。
なのに。
校門を通る人の中に彼がいないと、なんとなく落ち着かない。
もう一度、目を凝らす。
いない。
「……まだ来てないのかな」
口にしてから、私は慌てて周囲を見回した。
誰も聞いていない。
ほっとする。
――何をしているんだろう、私。
そのときだった。
「おはよ」
背後から声がした。
「……っ」
振り返る。
そこには彼がいた。
少し寝癖をつけたまま、いつものように笑っている。
「何見てたの?」
「別に」
「校門?」
「……別に」
「そっか」
彼は不思議そうに首を傾げ、それから自分の席へ向かった。
私はその背中を見つめた。
胸の奥が、ほんの少しだけ騒がしい。
どうして。
どうして彼が来ただけで、こんなに安心するんだろう。
*
その日の昼休み。
「ねえ」
友達が突然、私の顔を覗き込んだ。
「何?」
「最近、あの子と仲良くない?」
「誰?」
「ほら、いつも言い合いしてる子」
「……ああ」
私は彼の席を見る。
彼は友達と楽しそうに話していた。
「仲良くないよ」
「でも、よく話してるじゃん」
「それは……」
言葉が止まる。
確かに、以前より話すようになった。
委員会の仕事だけじゃない。
授業で分からないところを聞かれたり。
休み時間にくだらない話をしたり。
朝、会えば「おはよう」と言うようになった。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
「もしかして、好きなんじゃない?」
「え?」
心臓が跳ねた。
「な、何言ってるの」
「顔、赤いよ」
「暑いだけ!」
慌てて否定する。
けれど、その言葉を聞いてしまった瞬間から、妙に意識するようになった。
好き。
私が?
彼を?
――ありえない。
だって、最初は嫌いだった。
自分勝手で。
忘れ物ばかりで。
調子がよくて。
私のことをからかって。
……でも。
困っている人を見ると、さりげなく助ける。
誰かが落としたものを拾えば、何も言わずに渡している。
私が忙しそうにしていると、いつの間にか仕事を手伝ってくれている。
「これ、俺がやるよ」
そう言って笑う顔。
いつからか、その笑顔を見ると安心するようになっていた。
*
放課後。
委員会の仕事を終えた私は、一人で廊下を歩いていた。
窓の外は夕暮れ。
校庭にはまだ部活動をしている生徒たちの姿がある。
ふと、廊下の向こうに彼を見つけた。
友達と話している。
笑っている。
私は足を止めた。
なぜか、その姿を見ていたくなった。
すると彼がこちらに気づいた。
「あ」
目が合う。
「まだ帰ってなかったんだ」
「そっちこそ」
「友達と話してただけ」
「ふうん」
「一緒に帰る?」
何気ない一言。
なのに、胸が跳ねた。
「……うん」
二人で校門を出る。
最初は、ほとんど会話がなかった。
でも、不思議と気まずくはなかった。
しばらく歩いてから、彼が言った。
「そういえばさ」
「何?」
「俺たち、最初は仲悪かったよね」
「……そうだね」
「君、俺のこと嫌いだったでしょ」
「……うん」
「やっぱり?」
「だって、最初は本当に嫌いだったから」
彼は笑った。
「そっか」
「でも……」
言葉が止まる。
彼がこちらを見る。
「でも?」
私は少しだけ俯いた。
「……今は、そうでもない」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、好き?」
「そこまでは言ってない!」
思わず声が大きくなる。
彼は楽しそうに笑った。
「冗談」
「もう……」
また腹が立つ。
でも。
その笑顔を見ていると、自然に頬が緩んでしまう。
嫌いだったはずなのに。
どうしてだろう。
今は、その笑顔が見られると嬉しい。
*
次の日の朝。
私はいつもより少し早く教室に着いた。
席に座って、窓の外を見る。
校門から、生徒たちが次々と入ってくる。
そして私は――。
また彼を探していた。
まだ来ていない。
少しだけ寂しい。
そのことに気づいて、私は小さく笑った。
「……ほんと、いつからなんだろう」
嫌いだった。
苦手だった。
できれば関わりたくないと思っていた。
それなのに。
今では朝になると、彼の姿を探している。
彼が来れば嬉しくて。
笑っていれば安心して。
話せれば、それだけで一日が少し楽しくなる。
やがて、校門の向こうに見慣れた姿が現れた。
彼はこちらに気づくと、いつものように手を上げる。
「おはよう!」
私は笑って答えた。
「おはよう」
その瞬間、胸の中にあった答えが、ようやく形になった気がした。
――私はもう、彼のことが嫌いじゃない。
きっと。
ずっと前から。
好きになってしまっていたのだ。
朝の光の中。
今日も私は、彼の笑顔を探している。
嫌いだと 思っていたのに いつの間に 君の笑顔を 探してる朝
【短歌をテーマにした物語】
私は、彼のことが嫌いだった。
正確に言えば、最初から嫌いだったわけではない。
入学式の日、初めて同じクラスになった彼は、教室の隅で友達と笑っていた。
それを見たときは、ただ「明るい人だな」と思っただけだった。
けれど、委員会で一緒になってから印象は変わった。
「これ、今日中にやっといて」
彼はそう言って、私に仕事を押しつけてきた。
「自分でやれば?」
「俺、こういう細かいの苦手だから」
「私だって得意じゃないんだけど」
「でも、君のほうがしっかりしてるし」
悪びれもしない。
それが妙に腹立たしかった。
しかも、次の日には、
「昨日ありがと」
なんて、何事もなかったように笑う。
その笑顔を見るたび、私はますます腹が立った。
――調子がいい。
――自分勝手。
――絶対に仲良くなれない。
そう思っていた。
だから、彼と話すときはいつも少し棘のある言い方をしていた。
「また忘れ物?」
「うん」
「本当にだらしないね」
「よく言われる」
「反省してないでしょ」
「してるしてる」
そう言いながら笑う彼。
私はその笑顔が嫌いだった。
……そう思っていた。
*
ある朝。
いつもの時間に学校へ着く。
教室にはまだ数人しかいない。
鞄を机に置いて、窓の外を見る。
校門から、次々と生徒が入ってくる。
私は何気なくその中を眺めていた。
そして――。
ふと気づいた。
私は、彼を探していた。
「……あれ?」
自分でも驚いた。
どうして私は、彼を探しているんだろう。
昨日、彼とは何も話していない。
今日だって、別に話したいわけじゃない。
なのに。
校門を通る人の中に彼がいないと、なんとなく落ち着かない。
もう一度、目を凝らす。
いない。
「……まだ来てないのかな」
口にしてから、私は慌てて周囲を見回した。
誰も聞いていない。
ほっとする。
――何をしているんだろう、私。
そのときだった。
「おはよ」
背後から声がした。
「……っ」
振り返る。
そこには彼がいた。
少し寝癖をつけたまま、いつものように笑っている。
「何見てたの?」
「別に」
「校門?」
「……別に」
「そっか」
彼は不思議そうに首を傾げ、それから自分の席へ向かった。
私はその背中を見つめた。
胸の奥が、ほんの少しだけ騒がしい。
どうして。
どうして彼が来ただけで、こんなに安心するんだろう。
*
その日の昼休み。
「ねえ」
友達が突然、私の顔を覗き込んだ。
「何?」
「最近、あの子と仲良くない?」
「誰?」
「ほら、いつも言い合いしてる子」
「……ああ」
私は彼の席を見る。
彼は友達と楽しそうに話していた。
「仲良くないよ」
「でも、よく話してるじゃん」
「それは……」
言葉が止まる。
確かに、以前より話すようになった。
委員会の仕事だけじゃない。
授業で分からないところを聞かれたり。
休み時間にくだらない話をしたり。
朝、会えば「おはよう」と言うようになった。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
「もしかして、好きなんじゃない?」
「え?」
心臓が跳ねた。
「な、何言ってるの」
「顔、赤いよ」
「暑いだけ!」
慌てて否定する。
けれど、その言葉を聞いてしまった瞬間から、妙に意識するようになった。
好き。
私が?
彼を?
――ありえない。
だって、最初は嫌いだった。
自分勝手で。
忘れ物ばかりで。
調子がよくて。
私のことをからかって。
……でも。
困っている人を見ると、さりげなく助ける。
誰かが落としたものを拾えば、何も言わずに渡している。
私が忙しそうにしていると、いつの間にか仕事を手伝ってくれている。
「これ、俺がやるよ」
そう言って笑う顔。
いつからか、その笑顔を見ると安心するようになっていた。
*
放課後。
委員会の仕事を終えた私は、一人で廊下を歩いていた。
窓の外は夕暮れ。
校庭にはまだ部活動をしている生徒たちの姿がある。
ふと、廊下の向こうに彼を見つけた。
友達と話している。
笑っている。
私は足を止めた。
なぜか、その姿を見ていたくなった。
すると彼がこちらに気づいた。
「あ」
目が合う。
「まだ帰ってなかったんだ」
「そっちこそ」
「友達と話してただけ」
「ふうん」
「一緒に帰る?」
何気ない一言。
なのに、胸が跳ねた。
「……うん」
二人で校門を出る。
最初は、ほとんど会話がなかった。
でも、不思議と気まずくはなかった。
しばらく歩いてから、彼が言った。
「そういえばさ」
「何?」
「俺たち、最初は仲悪かったよね」
「……そうだね」
「君、俺のこと嫌いだったでしょ」
「……うん」
「やっぱり?」
「だって、最初は本当に嫌いだったから」
彼は笑った。
「そっか」
「でも……」
言葉が止まる。
彼がこちらを見る。
「でも?」
私は少しだけ俯いた。
「……今は、そうでもない」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、好き?」
「そこまでは言ってない!」
思わず声が大きくなる。
彼は楽しそうに笑った。
「冗談」
「もう……」
また腹が立つ。
でも。
その笑顔を見ていると、自然に頬が緩んでしまう。
嫌いだったはずなのに。
どうしてだろう。
今は、その笑顔が見られると嬉しい。
*
次の日の朝。
私はいつもより少し早く教室に着いた。
席に座って、窓の外を見る。
校門から、生徒たちが次々と入ってくる。
そして私は――。
また彼を探していた。
まだ来ていない。
少しだけ寂しい。
そのことに気づいて、私は小さく笑った。
「……ほんと、いつからなんだろう」
嫌いだった。
苦手だった。
できれば関わりたくないと思っていた。
それなのに。
今では朝になると、彼の姿を探している。
彼が来れば嬉しくて。
笑っていれば安心して。
話せれば、それだけで一日が少し楽しくなる。
やがて、校門の向こうに見慣れた姿が現れた。
彼はこちらに気づくと、いつものように手を上げる。
「おはよう!」
私は笑って答えた。
「おはよう」
その瞬間、胸の中にあった答えが、ようやく形になった気がした。
――私はもう、彼のことが嫌いじゃない。
きっと。
ずっと前から。
好きになってしまっていたのだ。
朝の光の中。
今日も私は、彼の笑顔を探している。



