【短歌】
墓石に 触れる指先 冷たくて 君のぬくもり 思い出してる
【短歌をテーマにした物語】
秋の午後。
墓地には、静かな風が吹いていた。
私は一人で、彼の墓の前に立っている。
手には、花を一束。
「……久しぶり」
誰も答えない。
分かっている。
ここに来ても、彼が返事をしてくれるわけではない。
それでも私は、毎年この季節になると、ここへ来てしまう。
花を供え、しゃがみ込む。
そして、墓石にそっと手を触れた。
ひんやりとしている。
指先から伝わってくる冷たさに、胸が少し苦しくなった。
昔は。
彼の手も、こんなふうに握ったことがあった。
冬の帰り道。
「寒いね」
そう言って笑う彼の手を、私は両手で包んだ。
「冷たい」
「そっちだって冷たいじゃん」
「じゃあ、お互い様」
二人で笑った。
あの頃は、それがずっと続くと思っていた。
「……今年も来たよ」
墓石に向かって話しかける。
「桜、綺麗だった」
「夏はすごく暑かった」
「秋になったら、またここに来ようって……」
そこまで言って、言葉が止まった。
約束したわけではない。
ただ、毎年一緒に季節を見ていた。
だから今年も、自然とここへ来ただけだった。
私は目を閉じた。
すると、あの日々が次々と浮かんでくる。
一緒に歩いた道。
くだらないことで笑った時間。
何でもない休日。
雨の日に、一つの傘を二人で使ったこと。
どれも特別な出来事ではなかった。
けれど今思えば。
私にとって、一番大切だったのは、そんな何気ない日々だった。
「ねえ」
私は墓石に向かって、小さく笑った。
「私、最近ね。少しだけ元気になったよ」
以前なら、そんなことを言うだけで泣いてしまっていた。
けれど今日は違った。
悲しくないわけではない。
会いたい気持ちが消えたわけでもない。
ただ。
悲しみだけが、私の中にあるわけではなくなった。
墓石から手を離す。
指先に残った冷たさを見つめる。
その冷たさが、なぜか彼の手を思い出させた。
冷たい冬の日。
私の手を握ってくれた、あの温かい手。
もう触れることはできない。
声を聞くこともできない。
それでも。
確かに感じたぬくもりまで、なくなったわけではない。
「ありがとう」
私は言った。
「私のこと、好きになってくれて」
風が吹いた。
供えた花が、かすかに揺れる。
「私も、あなたのことが好きだった」
過去形にすることが、少しだけ寂しかった。
でも。
それは悲しい言葉ではない気がした。
彼と過ごした時間が、本当にあった証だから。
私は立ち上がった。
空を見上げる。
夕暮れの空は、薄いオレンジ色に染まっていた。
「じゃあ、また来るね」
いつものように手を振る。
少しだけ笑う。
そして、墓地をあとにした。
帰り道。
冷たい風が頬を撫でた。
私はポケットに手を入れる。
指先は冷たかった。
けれど胸の奥には、まだ温かいものが残っている。
彼からもらった言葉。
笑顔。
思い出。
そして、あの日々を愛したという気持ち。
それらを抱えて、私は歩いていく。
彼のいない未来を。
それでも、彼と過ごした過去を忘れないまま。
いつかまた。
この道を歩く私が、もっと笑えるようになったら。
そのときは墓前で、今日よりたくさんの話をしよう。
楽しかったこと。
新しく見つけた景色。
これからやってみたいこと。
そして最後に。
今日と同じ言葉を伝えよう。
「ありがとう」
振り返る。
遠くなった墓地には、もう夕暮れの影が伸びていた。
墓石に 触れる指先 冷たくて 君のぬくもり 思い出してる
【短歌をテーマにした物語】
秋の午後。
墓地には、静かな風が吹いていた。
私は一人で、彼の墓の前に立っている。
手には、花を一束。
「……久しぶり」
誰も答えない。
分かっている。
ここに来ても、彼が返事をしてくれるわけではない。
それでも私は、毎年この季節になると、ここへ来てしまう。
花を供え、しゃがみ込む。
そして、墓石にそっと手を触れた。
ひんやりとしている。
指先から伝わってくる冷たさに、胸が少し苦しくなった。
昔は。
彼の手も、こんなふうに握ったことがあった。
冬の帰り道。
「寒いね」
そう言って笑う彼の手を、私は両手で包んだ。
「冷たい」
「そっちだって冷たいじゃん」
「じゃあ、お互い様」
二人で笑った。
あの頃は、それがずっと続くと思っていた。
「……今年も来たよ」
墓石に向かって話しかける。
「桜、綺麗だった」
「夏はすごく暑かった」
「秋になったら、またここに来ようって……」
そこまで言って、言葉が止まった。
約束したわけではない。
ただ、毎年一緒に季節を見ていた。
だから今年も、自然とここへ来ただけだった。
私は目を閉じた。
すると、あの日々が次々と浮かんでくる。
一緒に歩いた道。
くだらないことで笑った時間。
何でもない休日。
雨の日に、一つの傘を二人で使ったこと。
どれも特別な出来事ではなかった。
けれど今思えば。
私にとって、一番大切だったのは、そんな何気ない日々だった。
「ねえ」
私は墓石に向かって、小さく笑った。
「私、最近ね。少しだけ元気になったよ」
以前なら、そんなことを言うだけで泣いてしまっていた。
けれど今日は違った。
悲しくないわけではない。
会いたい気持ちが消えたわけでもない。
ただ。
悲しみだけが、私の中にあるわけではなくなった。
墓石から手を離す。
指先に残った冷たさを見つめる。
その冷たさが、なぜか彼の手を思い出させた。
冷たい冬の日。
私の手を握ってくれた、あの温かい手。
もう触れることはできない。
声を聞くこともできない。
それでも。
確かに感じたぬくもりまで、なくなったわけではない。
「ありがとう」
私は言った。
「私のこと、好きになってくれて」
風が吹いた。
供えた花が、かすかに揺れる。
「私も、あなたのことが好きだった」
過去形にすることが、少しだけ寂しかった。
でも。
それは悲しい言葉ではない気がした。
彼と過ごした時間が、本当にあった証だから。
私は立ち上がった。
空を見上げる。
夕暮れの空は、薄いオレンジ色に染まっていた。
「じゃあ、また来るね」
いつものように手を振る。
少しだけ笑う。
そして、墓地をあとにした。
帰り道。
冷たい風が頬を撫でた。
私はポケットに手を入れる。
指先は冷たかった。
けれど胸の奥には、まだ温かいものが残っている。
彼からもらった言葉。
笑顔。
思い出。
そして、あの日々を愛したという気持ち。
それらを抱えて、私は歩いていく。
彼のいない未来を。
それでも、彼と過ごした過去を忘れないまま。
いつかまた。
この道を歩く私が、もっと笑えるようになったら。
そのときは墓前で、今日よりたくさんの話をしよう。
楽しかったこと。
新しく見つけた景色。
これからやってみたいこと。
そして最後に。
今日と同じ言葉を伝えよう。
「ありがとう」
振り返る。
遠くなった墓地には、もう夕暮れの影が伸びていた。



