【短歌】
失恋の 涙を隠す 君の背を そっと見つめて 名前を呼べず
【短歌をテーマにした物語】
放課後の廊下は、いつもより静かだった。
窓の外では、夕暮れの空が少しずつ色を変えている。
私は教室の後ろから、彼の背中を見ていた。
机に座ったまま、彼は窓の外を眺めている。
誰もいない教室。
いつもなら友達と話している時間なのに、今日は一人だった。
「……」
私は声をかけようとして、やめた。
名前を呼べばいい。
いつもそうしている。
「ねえ」
たった二文字。
それだけなのに。
今日は、その二文字がどうしても言えなかった。
彼が失恋したことを知ったのは、昼休みだった。
「……振られたんだって」
友達が小さな声で教えてくれた。
私は驚いた。
けれど、それ以上に胸が痛くなった。
彼が好きだった人のことを、私は知っている。
彼がその人の話をするとき、少し嬉しそうに笑っていたことも知っている。
だから。
その恋が終わったことを、私は喜べなかった。
もちろん、心のどこかには小さな喜びがあった。
もしかしたら。
いつか私にもチャンスがあるのかもしれない。
そんなことを考えてしまった自分が、嫌だった。
彼はまだ教室にいた。
私は鞄を持ったまま、教室の入り口で立ち止まる。
声をかけよう。
そう思った。
でも、彼の背中を見ているうちに、わかった。
彼は泣いていた。
声を上げているわけではない。
ただ、窓の外を見ながら、袖で目元をそっと拭っていた。
私には、それだけで十分だった。
私は何も言わず、教室を出た。
翌日。
彼はいつも通り学校に来ていた。
「おはよう」
「おはよう」
ちゃんと笑っている。
だから私は安心した。
でも、その笑顔が少しだけ無理をしていることにも気づいていた。
授業中。
彼は黒板を見ている。
休み時間。
友達と話している。
昼休み。
いつも通り笑っている。
それでも。
ふとした瞬間に、目を伏せる。
私は何度も彼を見ていた。
昇降口で彼を見つけた。
靴を履き替えている。
私は少し離れた場所で立ち止まる。
声をかけるなら、今しかない。
「……」
私は一歩踏み出した。
「……ねえ」
声が出た。
彼が振り返る。
「ん?」
「……一緒に帰らない?」
一瞬だけ、彼が驚いた顔をした。
それから、小さく笑った。
「いいよ」
その笑顔を見て、胸が少しだけ温かくなった。
二人で歩く帰り道。
会話は少なかった。
無理に話す必要はない。
そう思った。
しばらく歩いてから、彼がぽつりと言った。
「……俺さ」
「うん」
「まだ、ちょっと引きずってるんだ」
「うん」
「忘れようと思ってるんだけど、なかなか難しいな」
私は何も言えなかった。
簡単に「忘れればいいよ」なんて言いたくなかった。
だって。
好きだった人を忘れることが、そんなに簡単じゃないことくらい知っている。
だから私は、ただ隣を歩いた。
しばらくして、彼が言った。
「付き合ってくれて、ありがとな」
「……ううん」
「なんか、一人で帰るより楽だわ」
その言葉だけで、十分だった。
私は笑った。
「じゃあ、明日も一緒に帰る?」
彼は少し考えてから答えた。
「……うん。お願い」
「わかった」
それから私たちは、放課後になると一緒に帰るようになった。
特別な話をするわけではない。
学校のこと。
宿題のこと。
先生のこと。
帰り道に見つけた小さな店のこと。
そんな何でもない話ばかり。
彼が笑う回数が、少しずつ増えていった。
ある日の帰り道。
彼が空を見上げた。
「最近さ」
「うん?」
「前より、楽になった気がする」
「……よかった」
「たぶん、一人じゃなかったからだと思う」
彼がこちらを見る。
「ありがとな」
私は笑った。
「どういたしまして」
本当は。
もっと言いたいことがあった。
私はずっとあなたが好きだった。
失恋したあなたを見て、心配だった。
あなたが笑えるようになってほしかった。
そして――。
いつか、その隣に私がいられたらいいと思っている。
でも。
今はまだ言わない。
彼の心には、まだ前の恋が残っているから。
夕焼けの道を歩く。
少し前を歩く彼の背中。
私はその背中を見つめる。
名前を呼びたい。
呼んで、振り向いてほしい。
でも、今はまだ。
いつか。
彼が過去の恋を笑って話せる日が来たら。
そのときは、ちゃんと伝えよう。
ずっと好きだった、と。
今はただ。
隣を歩いていよう。
彼が前を向けるようになるまで。
そして、いつか彼が振り返ったとき。
そこに自分がいられるように。
失恋の 涙を隠す 君の背を そっと見つめて 名前を呼べず
【短歌をテーマにした物語】
放課後の廊下は、いつもより静かだった。
窓の外では、夕暮れの空が少しずつ色を変えている。
私は教室の後ろから、彼の背中を見ていた。
机に座ったまま、彼は窓の外を眺めている。
誰もいない教室。
いつもなら友達と話している時間なのに、今日は一人だった。
「……」
私は声をかけようとして、やめた。
名前を呼べばいい。
いつもそうしている。
「ねえ」
たった二文字。
それだけなのに。
今日は、その二文字がどうしても言えなかった。
彼が失恋したことを知ったのは、昼休みだった。
「……振られたんだって」
友達が小さな声で教えてくれた。
私は驚いた。
けれど、それ以上に胸が痛くなった。
彼が好きだった人のことを、私は知っている。
彼がその人の話をするとき、少し嬉しそうに笑っていたことも知っている。
だから。
その恋が終わったことを、私は喜べなかった。
もちろん、心のどこかには小さな喜びがあった。
もしかしたら。
いつか私にもチャンスがあるのかもしれない。
そんなことを考えてしまった自分が、嫌だった。
彼はまだ教室にいた。
私は鞄を持ったまま、教室の入り口で立ち止まる。
声をかけよう。
そう思った。
でも、彼の背中を見ているうちに、わかった。
彼は泣いていた。
声を上げているわけではない。
ただ、窓の外を見ながら、袖で目元をそっと拭っていた。
私には、それだけで十分だった。
私は何も言わず、教室を出た。
翌日。
彼はいつも通り学校に来ていた。
「おはよう」
「おはよう」
ちゃんと笑っている。
だから私は安心した。
でも、その笑顔が少しだけ無理をしていることにも気づいていた。
授業中。
彼は黒板を見ている。
休み時間。
友達と話している。
昼休み。
いつも通り笑っている。
それでも。
ふとした瞬間に、目を伏せる。
私は何度も彼を見ていた。
昇降口で彼を見つけた。
靴を履き替えている。
私は少し離れた場所で立ち止まる。
声をかけるなら、今しかない。
「……」
私は一歩踏み出した。
「……ねえ」
声が出た。
彼が振り返る。
「ん?」
「……一緒に帰らない?」
一瞬だけ、彼が驚いた顔をした。
それから、小さく笑った。
「いいよ」
その笑顔を見て、胸が少しだけ温かくなった。
二人で歩く帰り道。
会話は少なかった。
無理に話す必要はない。
そう思った。
しばらく歩いてから、彼がぽつりと言った。
「……俺さ」
「うん」
「まだ、ちょっと引きずってるんだ」
「うん」
「忘れようと思ってるんだけど、なかなか難しいな」
私は何も言えなかった。
簡単に「忘れればいいよ」なんて言いたくなかった。
だって。
好きだった人を忘れることが、そんなに簡単じゃないことくらい知っている。
だから私は、ただ隣を歩いた。
しばらくして、彼が言った。
「付き合ってくれて、ありがとな」
「……ううん」
「なんか、一人で帰るより楽だわ」
その言葉だけで、十分だった。
私は笑った。
「じゃあ、明日も一緒に帰る?」
彼は少し考えてから答えた。
「……うん。お願い」
「わかった」
それから私たちは、放課後になると一緒に帰るようになった。
特別な話をするわけではない。
学校のこと。
宿題のこと。
先生のこと。
帰り道に見つけた小さな店のこと。
そんな何でもない話ばかり。
彼が笑う回数が、少しずつ増えていった。
ある日の帰り道。
彼が空を見上げた。
「最近さ」
「うん?」
「前より、楽になった気がする」
「……よかった」
「たぶん、一人じゃなかったからだと思う」
彼がこちらを見る。
「ありがとな」
私は笑った。
「どういたしまして」
本当は。
もっと言いたいことがあった。
私はずっとあなたが好きだった。
失恋したあなたを見て、心配だった。
あなたが笑えるようになってほしかった。
そして――。
いつか、その隣に私がいられたらいいと思っている。
でも。
今はまだ言わない。
彼の心には、まだ前の恋が残っているから。
夕焼けの道を歩く。
少し前を歩く彼の背中。
私はその背中を見つめる。
名前を呼びたい。
呼んで、振り向いてほしい。
でも、今はまだ。
いつか。
彼が過去の恋を笑って話せる日が来たら。
そのときは、ちゃんと伝えよう。
ずっと好きだった、と。
今はただ。
隣を歩いていよう。
彼が前を向けるようになるまで。
そして、いつか彼が振り返ったとき。
そこに自分がいられるように。



