【短歌】
黒板を 写すふりして 横目から 君の横顔 そっと覗いた
【短歌をテーマにした物語】
午後の授業は、いつも眠い。
先生の声が教室に響き、黒板には白い文字が少しずつ増えていく。
「ここはテストに出すから、ちゃんと写しておくように」
「はーい」
クラス中から、気のない返事が返った。
私はノートを開き、シャープペンシルを動かす。
黒板の文字を写す。
……ふりをしながら。
ちらっ。
視線だけを右へ向ける。
窓側から二つ目の席。
そこに、君がいる。
君は真面目にノートを書いていた。
少し伏せた目。
頬にかかる髪。
シャープペンシルを持つ手。
時々、黒板を見上げる。
ただそれだけなのに。
私は、つい見てしまう。
ちらっ。
慌てて黒板へ視線を戻す。
ノートには、さっきから同じ文字が二回も書かれていた。
「……しまった」
慌てて消しゴムをかける。
誰にも見られていないよね。
そう思って、もう一度だけ横を見る。
君が笑った。
前の席の友達が何か話しかけたらしい。
口元が少しだけ緩んでいる。
その横顔を見ていると、不思議な気持ちになる。
嬉しい。
でも、少しだけ苦しい。
私は君のことを、いつからこんなに目で追うようになったんだろう。
休み時間になった。
「ねえ、今日の宿題やった?」
友達が話しかけてくる。
「うん、やったよ」
「じゃあ見せて」
「自分でやりなよ」
「お願い!」
いつものやり取り。
私は笑いながらノートを隠した。
そのとき、前のほうから声がした。
「次の授業って体育だっけ?」
「そうじゃない?」
君の声だった。
私は思わず顔を上げる。
目が合った。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
「……」
「……」
君が軽く笑う。
「次、体育だよね?」
「あ……うん」
「ありがと」
「どういたしまして」
それだけ。
本当に、それだけだった。
なのに。
心臓が、さっきから妙にうるさい。
次の授業。
私は体育の準備をしながら考えていた。
さっきの「ありがと」。
たったそれだけ。
でも、何度も思い出してしまう。
こういう小さなことを、大切にしまってしまう。
好きって、そういうことなのかもしれない。
放課後。
教室には、まだ何人か残っていた。
私は黒板を消していた。
今日の日直だったからだ。
白いチョークの粉が、黒板消しからふわっと舞う。
「手伝おうか?」
振り返る。
君がいた。
「え?」
「黒板。半分やるよ」
「あ……ありがとう」
君が隣に立つ。
大きな黒板消しを持って、端から文字を消していく。
さっきまで授業で見ていた横顔が、今はすぐ近くにある。
私は黒板を見つめた。
……見ない。
今日は絶対に見ない。
そう思ったのに。
ちらっ。
また見てしまった。
「?」
君がこちらを見る。
「どうした?」
「な、なんでもない」
「そう?」
「うん」
慌てて黒板を見る。
君は不思議そうな顔をしていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
二人で黒板を消し終える。
教室が、すっかり綺麗になった。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
鞄を持って、教室を出る。
廊下を並んで歩く。
窓から差し込む夕日が、廊下をオレンジ色に染めていた。
「今日の授業、眠かったな」
「うん」
「先生の話、長かったし」
「うん」
「……なんか、今日ずっとうなずいてない?」
「え?」
君が笑う。
「いや、なんでもない」
「もう」
私も笑った。
昇降口で靴を履き替える。
そこで君とは別の方向になる。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
君が手を振る。
私も手を振る。
そして君の背中が遠ざかっていく。
私はしばらく、その背中を見ていた。
翌日。
また午後の授業。
先生が黒板に文字を書いていく。
私はノートを開く。
シャープペンシルを持つ。
そして――。
ちらっ。
君の横顔を見る。
昨日と同じ。
いつもと同じ。
なのに、昨日とは少しだけ違って見えた。
昨日、一緒に黒板を消したからだろうか。
昨日、少しだけ話したからだろうか。
それとも。
私が君を見ることを、ほんの少しだけ怖がらなくなったからだろうか。
君がふとこちらを向いた。
目が合う。
今度は、すぐに目をそらさなかった。
君が笑う。
私も笑う。
先生の声が遠くなる。
黒板に書かれた文字よりも。
教科書の文章よりも。
今は、目の前の君の笑顔のほうがずっと大切に思えた。
私はノートに文字を書いた。
今日の授業の内容。
そして、その隅に小さく一言。
『また明日』
誰にも見せない。
自分だけの秘密。
黒板を写すふりをして見ていた、君の横顔。
その横顔を見るたびに、私は少しずつ君を好きになっていった。
たぶん明日も。
きっと明後日も。
私はまた、黒板を見るふりをする。
そして――。
ほんの少しだけ、君の横顔を盗み見るのだ。
黒板を 写すふりして 横目から 君の横顔 そっと覗いた
【短歌をテーマにした物語】
午後の授業は、いつも眠い。
先生の声が教室に響き、黒板には白い文字が少しずつ増えていく。
「ここはテストに出すから、ちゃんと写しておくように」
「はーい」
クラス中から、気のない返事が返った。
私はノートを開き、シャープペンシルを動かす。
黒板の文字を写す。
……ふりをしながら。
ちらっ。
視線だけを右へ向ける。
窓側から二つ目の席。
そこに、君がいる。
君は真面目にノートを書いていた。
少し伏せた目。
頬にかかる髪。
シャープペンシルを持つ手。
時々、黒板を見上げる。
ただそれだけなのに。
私は、つい見てしまう。
ちらっ。
慌てて黒板へ視線を戻す。
ノートには、さっきから同じ文字が二回も書かれていた。
「……しまった」
慌てて消しゴムをかける。
誰にも見られていないよね。
そう思って、もう一度だけ横を見る。
君が笑った。
前の席の友達が何か話しかけたらしい。
口元が少しだけ緩んでいる。
その横顔を見ていると、不思議な気持ちになる。
嬉しい。
でも、少しだけ苦しい。
私は君のことを、いつからこんなに目で追うようになったんだろう。
休み時間になった。
「ねえ、今日の宿題やった?」
友達が話しかけてくる。
「うん、やったよ」
「じゃあ見せて」
「自分でやりなよ」
「お願い!」
いつものやり取り。
私は笑いながらノートを隠した。
そのとき、前のほうから声がした。
「次の授業って体育だっけ?」
「そうじゃない?」
君の声だった。
私は思わず顔を上げる。
目が合った。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
「……」
「……」
君が軽く笑う。
「次、体育だよね?」
「あ……うん」
「ありがと」
「どういたしまして」
それだけ。
本当に、それだけだった。
なのに。
心臓が、さっきから妙にうるさい。
次の授業。
私は体育の準備をしながら考えていた。
さっきの「ありがと」。
たったそれだけ。
でも、何度も思い出してしまう。
こういう小さなことを、大切にしまってしまう。
好きって、そういうことなのかもしれない。
放課後。
教室には、まだ何人か残っていた。
私は黒板を消していた。
今日の日直だったからだ。
白いチョークの粉が、黒板消しからふわっと舞う。
「手伝おうか?」
振り返る。
君がいた。
「え?」
「黒板。半分やるよ」
「あ……ありがとう」
君が隣に立つ。
大きな黒板消しを持って、端から文字を消していく。
さっきまで授業で見ていた横顔が、今はすぐ近くにある。
私は黒板を見つめた。
……見ない。
今日は絶対に見ない。
そう思ったのに。
ちらっ。
また見てしまった。
「?」
君がこちらを見る。
「どうした?」
「な、なんでもない」
「そう?」
「うん」
慌てて黒板を見る。
君は不思議そうな顔をしていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
二人で黒板を消し終える。
教室が、すっかり綺麗になった。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
鞄を持って、教室を出る。
廊下を並んで歩く。
窓から差し込む夕日が、廊下をオレンジ色に染めていた。
「今日の授業、眠かったな」
「うん」
「先生の話、長かったし」
「うん」
「……なんか、今日ずっとうなずいてない?」
「え?」
君が笑う。
「いや、なんでもない」
「もう」
私も笑った。
昇降口で靴を履き替える。
そこで君とは別の方向になる。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
君が手を振る。
私も手を振る。
そして君の背中が遠ざかっていく。
私はしばらく、その背中を見ていた。
翌日。
また午後の授業。
先生が黒板に文字を書いていく。
私はノートを開く。
シャープペンシルを持つ。
そして――。
ちらっ。
君の横顔を見る。
昨日と同じ。
いつもと同じ。
なのに、昨日とは少しだけ違って見えた。
昨日、一緒に黒板を消したからだろうか。
昨日、少しだけ話したからだろうか。
それとも。
私が君を見ることを、ほんの少しだけ怖がらなくなったからだろうか。
君がふとこちらを向いた。
目が合う。
今度は、すぐに目をそらさなかった。
君が笑う。
私も笑う。
先生の声が遠くなる。
黒板に書かれた文字よりも。
教科書の文章よりも。
今は、目の前の君の笑顔のほうがずっと大切に思えた。
私はノートに文字を書いた。
今日の授業の内容。
そして、その隅に小さく一言。
『また明日』
誰にも見せない。
自分だけの秘密。
黒板を写すふりをして見ていた、君の横顔。
その横顔を見るたびに、私は少しずつ君を好きになっていった。
たぶん明日も。
きっと明後日も。
私はまた、黒板を見るふりをする。
そして――。
ほんの少しだけ、君の横顔を盗み見るのだ。



