【短歌をテーマにした物語】
制服の ポケットの中 握る手に 伝えたいこと まだ隠してる
【短歌をテーマにした物語】
放課後のチャイムが鳴った。
教室から少しずつ人が減っていく。
「じゃあね、また明日」
友達の声に手を振りながら、私は鞄を肩にかけた。
そして、制服のポケットにそっと手を入れる。
指先に触れたのは、一枚の小さな紙だった。
朝からずっと、そこに入れてある。
何度も取り出そうと思った。
何度も、渡そうと思った。
けれど――。
「……やっぱり、無理」
ポケットの中で、その紙をぎゅっと握りしめる。
紙に書いたのは、口では伝えられない想い。
『好き』
それだけのことを書くだけでもなけなしの勇気を総動員した。
教室を出ると、廊下の向こうに彼がいた。
「おーい、待って」
彼がこちらに気づいて手を振る。
「一緒に帰ろうぜ」
「う、うん」
私はできるだけ普通の顔をして、彼の隣に並んだ。
いつもと同じ帰り道。
いつもと同じ会話。
「今日の数学、難しくなかった?」
「難しかった。最後の問題、全然わからなかった」
「俺も。あれ絶対、先生の説明が悪いって」
「ふふっ」
くだらない話。
何でもない時間。
なのに今日は、胸の奥がずっと落ち着かなかった。
ポケットの中には、あの紙がある。
彼に渡すために書いた言葉。
たった二文字なのに、どうしてこんなに重いんだろう。
交差点に差しかかった。
ここで、彼とは別の道になる。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
彼が手を振る。
私は手を振り返した。
そのまま彼の背中を見送る。
今だ。
今ならまだ間に合う。
「……待って!」
声に出そうとして――。
口を閉じた。
彼の背中が遠ざかっていく。
ポケットの中で、紙を握る手に力が入った。
家に帰ってから、私は机の前に座った。
ポケットから紙を取り出す。
少しだけ、端が折れている。
朝は綺麗だったのに。
「……何やってるんだろ」
私は紙を開いた。
『好き』
口にすれば一言。
でも、それは今の私にとって、世界で一番伝えるのが難しい言葉だった。
次の日。
私はいつもより早く学校へ行った。
教室に入ると、彼の席はまだ空いていた。
私は自分の席に座り、机の中を整理する。
そして、昨日の紙を制服のポケットへ入れた。
今日こそ渡そう。
そう決めた。
けれど――。
朝休み。
昼休み。
放課後。
チャンスは何度もあった。
それなのに、言葉が出てこない。
「ねえ」
「ん?」
「……なんでもない」
「?」
彼は不思議そうに首を傾げる。
私は笑ってごまかした。
まただ。
また言えなかった。
帰り道。
昨日と同じ交差点。
彼が笑いながら言った。
「明日も一緒に帰ろうな」
「……うん」
その言葉を聞いた瞬間、不思議と胸が温かくなった。
明日がある。
今日言えなかったとしても、明日がある。
そう思った。
でも――。
それでも私は、ポケットの中の紙を握った。
数日後。
放課後の教室。
窓の外は夕焼けに染まっていた。
彼が机の横を通り過ぎる。
「じゃあ帰ろう」
「待って」
初めて、私のほうから呼び止めた。
「ん?」
彼が振り返る。
心臓が大きく鳴った。
ポケットの中に手を入れる。
指先が紙に触れる。
ぎゅっと握る。
そして――。
「これ……」
私は紙を取り出した。
「え?」
「……読んで」
彼に差し出す。
彼が受け取る。
紙を開く。
視線が二文字の上で止まる。
私の顔が熱くなる。
恥ずかしくて、今にも逃げ出したくなる。
けれど、逃げなかった。
彼が顔を上げる。
「……これって」
「うん」
私は小さくうなずいた。
「ずっと、言いたかった」
それ以上は言えなかった。
でも、もう十分だった。
帰り道。
いつもの交差点。
いつもの二人。
ただ一つだけ、昨日までとは違っていた。
「明日も……一緒に帰ろうな」
「うん」
今度は、迷わず答えられた。
制服のポケットには、もう何も入っていない。
ずっと握りしめていた言葉は、ちゃんと彼に届いたから。
そんな日々があったからこそ。
今日、私は一歩だけ前に進めた。
制服の ポケットの中 握る手に 伝えたいこと まだ隠してる
【短歌をテーマにした物語】
放課後のチャイムが鳴った。
教室から少しずつ人が減っていく。
「じゃあね、また明日」
友達の声に手を振りながら、私は鞄を肩にかけた。
そして、制服のポケットにそっと手を入れる。
指先に触れたのは、一枚の小さな紙だった。
朝からずっと、そこに入れてある。
何度も取り出そうと思った。
何度も、渡そうと思った。
けれど――。
「……やっぱり、無理」
ポケットの中で、その紙をぎゅっと握りしめる。
紙に書いたのは、口では伝えられない想い。
『好き』
それだけのことを書くだけでもなけなしの勇気を総動員した。
教室を出ると、廊下の向こうに彼がいた。
「おーい、待って」
彼がこちらに気づいて手を振る。
「一緒に帰ろうぜ」
「う、うん」
私はできるだけ普通の顔をして、彼の隣に並んだ。
いつもと同じ帰り道。
いつもと同じ会話。
「今日の数学、難しくなかった?」
「難しかった。最後の問題、全然わからなかった」
「俺も。あれ絶対、先生の説明が悪いって」
「ふふっ」
くだらない話。
何でもない時間。
なのに今日は、胸の奥がずっと落ち着かなかった。
ポケットの中には、あの紙がある。
彼に渡すために書いた言葉。
たった二文字なのに、どうしてこんなに重いんだろう。
交差点に差しかかった。
ここで、彼とは別の道になる。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
彼が手を振る。
私は手を振り返した。
そのまま彼の背中を見送る。
今だ。
今ならまだ間に合う。
「……待って!」
声に出そうとして――。
口を閉じた。
彼の背中が遠ざかっていく。
ポケットの中で、紙を握る手に力が入った。
家に帰ってから、私は机の前に座った。
ポケットから紙を取り出す。
少しだけ、端が折れている。
朝は綺麗だったのに。
「……何やってるんだろ」
私は紙を開いた。
『好き』
口にすれば一言。
でも、それは今の私にとって、世界で一番伝えるのが難しい言葉だった。
次の日。
私はいつもより早く学校へ行った。
教室に入ると、彼の席はまだ空いていた。
私は自分の席に座り、机の中を整理する。
そして、昨日の紙を制服のポケットへ入れた。
今日こそ渡そう。
そう決めた。
けれど――。
朝休み。
昼休み。
放課後。
チャンスは何度もあった。
それなのに、言葉が出てこない。
「ねえ」
「ん?」
「……なんでもない」
「?」
彼は不思議そうに首を傾げる。
私は笑ってごまかした。
まただ。
また言えなかった。
帰り道。
昨日と同じ交差点。
彼が笑いながら言った。
「明日も一緒に帰ろうな」
「……うん」
その言葉を聞いた瞬間、不思議と胸が温かくなった。
明日がある。
今日言えなかったとしても、明日がある。
そう思った。
でも――。
それでも私は、ポケットの中の紙を握った。
数日後。
放課後の教室。
窓の外は夕焼けに染まっていた。
彼が机の横を通り過ぎる。
「じゃあ帰ろう」
「待って」
初めて、私のほうから呼び止めた。
「ん?」
彼が振り返る。
心臓が大きく鳴った。
ポケットの中に手を入れる。
指先が紙に触れる。
ぎゅっと握る。
そして――。
「これ……」
私は紙を取り出した。
「え?」
「……読んで」
彼に差し出す。
彼が受け取る。
紙を開く。
視線が二文字の上で止まる。
私の顔が熱くなる。
恥ずかしくて、今にも逃げ出したくなる。
けれど、逃げなかった。
彼が顔を上げる。
「……これって」
「うん」
私は小さくうなずいた。
「ずっと、言いたかった」
それ以上は言えなかった。
でも、もう十分だった。
帰り道。
いつもの交差点。
いつもの二人。
ただ一つだけ、昨日までとは違っていた。
「明日も……一緒に帰ろうな」
「うん」
今度は、迷わず答えられた。
制服のポケットには、もう何も入っていない。
ずっと握りしめていた言葉は、ちゃんと彼に届いたから。
そんな日々があったからこそ。
今日、私は一歩だけ前に進めた。



