【短歌】
溶けてゆく チョコより先に 頬染めて 言えない言葉 包みに隠す
【短歌をテーマにした物語】
二月十四日。
朝から、私は落ち着かなかった。
鞄の中には、小さなチョコレートの箱。
何度も確認してしまう。
ちゃんと入っている。
壊れていない。
ラッピングも大丈夫。
それなのに、胸の奥だけは全然大丈夫じゃなかった。
「……今日こそ渡す」
小さく呟いて、教室へ向かった。
好きな人ができたのは、いつからだったのだろう。
同じクラスの春樹くん。
席が近くなって、話すようになった。
宿題を見せ合ったり、休み時間にくだらない話をしたり。
特別なことは何もない。
でも、春樹くんが笑うと、つられて笑ってしまう。
名前を呼ばれるだけで、少し嬉しい。
そんな日が続いていた。
だから今年のバレンタインには、自分でチョコを作った。
「友達に渡すだけ」
何度も自分に言い聞かせながら。
放課後。
教室には、もうほとんど人が残っていなかった。
私は鞄の中の箱を握る。
春樹くんは窓際で、友達と話している。
「今しかない」
そう思って立ち上がる。
一歩。
また一歩。
近づくほど、顔が熱くなる。
「春樹くん」
「ん?」
振り向いた彼と目が合った。
その瞬間、頬が一気に熱くなった。
「これ……」
箱を差し出す。
「チョコ?」
「う、うん」
「ありがとう」
彼が受け取る。
それだけなのに、心臓がうるさい。
「……手作り?」
「そうだけど」
「すごいな」
春樹くんが笑う。
私はますます顔が熱くなった。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
教室を出る。
廊下まで来たところで、私は大きく息を吐いた。
「……言えなかった」
本当は。
「好き」
その一言を伝えたかった。
でも、どうしても言えなかった。
家に帰る。
空になった鞄を見る。
チョコを渡した。
それだけなのに、胸の中にはまだ言えなかった言葉が残っている。
私は机に座り、今日のことを思い出す。
春樹くんの笑顔。
「ありがとう」という声。
そして、自分の真っ赤な頬。
「……もう」
恥ずかしくなって、顔を伏せる。
そのとき、スマートフォンが震えた。
春樹くんからだった。
『今日はありがとう』
続いて、もう一通。
『すごく嬉しかった』
私は画面を見つめる。
そして、しばらく迷ったあと、文字を打った。
『どういたしまして』
そこまで書いて、指が止まる。
本当は、その続きがある。
『好きだから』
何度も打っては消す。
結局、送れなかった。
翌朝。
教室に入ると、春樹くんがいた。
「おはよう」
「お、おはよう」
「昨日のチョコ、本当においしかった」
「……よかった」
彼は少し照れたように笑った。
「また食べたい」
「え?」
「今度、一緒に作ろうよ」
私は驚いて彼を見る。
春樹くんは笑っている。
「嫌?」
「……嫌じゃない」
「じゃあ決まり」
私は笑った。
頬がまた熱くなる。
でも今度は、隠さなかった。
昨日、チョコレートは渡せた。
けれど、一番伝えたかった言葉は、まだ包みの中に隠したまま。
それでも。
急がなくていいのかもしれない。
チョコレートは、いつか溶けてしまう。
でも、言葉はちゃんと残る。
だから私は、次に会う約束を大切にする。
そしていつか。
この胸の奥にしまった「好き」を、ちゃんと彼に届けたい。
窓から差し込む冬の光の中で、私はそっと笑った。
溶けてゆく チョコより先に 頬染めて 言えない言葉 包みに隠す
【短歌をテーマにした物語】
二月十四日。
朝から、私は落ち着かなかった。
鞄の中には、小さなチョコレートの箱。
何度も確認してしまう。
ちゃんと入っている。
壊れていない。
ラッピングも大丈夫。
それなのに、胸の奥だけは全然大丈夫じゃなかった。
「……今日こそ渡す」
小さく呟いて、教室へ向かった。
好きな人ができたのは、いつからだったのだろう。
同じクラスの春樹くん。
席が近くなって、話すようになった。
宿題を見せ合ったり、休み時間にくだらない話をしたり。
特別なことは何もない。
でも、春樹くんが笑うと、つられて笑ってしまう。
名前を呼ばれるだけで、少し嬉しい。
そんな日が続いていた。
だから今年のバレンタインには、自分でチョコを作った。
「友達に渡すだけ」
何度も自分に言い聞かせながら。
放課後。
教室には、もうほとんど人が残っていなかった。
私は鞄の中の箱を握る。
春樹くんは窓際で、友達と話している。
「今しかない」
そう思って立ち上がる。
一歩。
また一歩。
近づくほど、顔が熱くなる。
「春樹くん」
「ん?」
振り向いた彼と目が合った。
その瞬間、頬が一気に熱くなった。
「これ……」
箱を差し出す。
「チョコ?」
「う、うん」
「ありがとう」
彼が受け取る。
それだけなのに、心臓がうるさい。
「……手作り?」
「そうだけど」
「すごいな」
春樹くんが笑う。
私はますます顔が熱くなった。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
教室を出る。
廊下まで来たところで、私は大きく息を吐いた。
「……言えなかった」
本当は。
「好き」
その一言を伝えたかった。
でも、どうしても言えなかった。
家に帰る。
空になった鞄を見る。
チョコを渡した。
それだけなのに、胸の中にはまだ言えなかった言葉が残っている。
私は机に座り、今日のことを思い出す。
春樹くんの笑顔。
「ありがとう」という声。
そして、自分の真っ赤な頬。
「……もう」
恥ずかしくなって、顔を伏せる。
そのとき、スマートフォンが震えた。
春樹くんからだった。
『今日はありがとう』
続いて、もう一通。
『すごく嬉しかった』
私は画面を見つめる。
そして、しばらく迷ったあと、文字を打った。
『どういたしまして』
そこまで書いて、指が止まる。
本当は、その続きがある。
『好きだから』
何度も打っては消す。
結局、送れなかった。
翌朝。
教室に入ると、春樹くんがいた。
「おはよう」
「お、おはよう」
「昨日のチョコ、本当においしかった」
「……よかった」
彼は少し照れたように笑った。
「また食べたい」
「え?」
「今度、一緒に作ろうよ」
私は驚いて彼を見る。
春樹くんは笑っている。
「嫌?」
「……嫌じゃない」
「じゃあ決まり」
私は笑った。
頬がまた熱くなる。
でも今度は、隠さなかった。
昨日、チョコレートは渡せた。
けれど、一番伝えたかった言葉は、まだ包みの中に隠したまま。
それでも。
急がなくていいのかもしれない。
チョコレートは、いつか溶けてしまう。
でも、言葉はちゃんと残る。
だから私は、次に会う約束を大切にする。
そしていつか。
この胸の奥にしまった「好き」を、ちゃんと彼に届けたい。
窓から差し込む冬の光の中で、私はそっと笑った。



