恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
窓際で 君と見上げた 青空を 今も心の 片隅に置く


【短歌をテーマにした物語】
高校二年生の春。

私は窓際の席に座っていた。

授業中、先生の話を聞きながら、ふと外を見る。

雲ひとつない青空だった。

「今日、空きれいだな」

隣の席から声がした。

振り向くと、蓮くんが窓の外を見ていた。

「うん」

私も空を見る。

「こんな日は、どこかに行きたくならない?」

「なる」

「じゃあ、授業終わったら行く?」

「どこに?」

「……屋上とか」

「怒られるよ」

二人で笑った。

結局、屋上には行かなかった。

でも、その日から。

休み時間になると、私たちは窓際に並んで空を見るようになった。

「今日は曇ってる」

「昨日は晴れてたのにね」

「明日は晴れるかな」

「天気予報では晴れ」

「じゃあ、明日も見よう」

そんな会話をするだけだった。

特別なことは何もなかった。

それでも私は、その時間が好きだった。

テストが終わった日。

部活で失敗した日。

友達と喧嘩した日。

どんな日でも、窓の外には空があった。

そして隣には、蓮くんがいた。

三年生の夏。

進路の話をするようになった。

蓮くんは県外の大学を目指していた。

私は地元の大学を受けるつもりだった。

「卒業したら、毎日空を見る相手がいなくなるな」

蓮くんが冗談っぽく言った。

「空なんて、どこからでも見えるじゃん」

私は笑った。

「そうだけどさ」

蓮くんは窓の外を見た。

「同じ空でも、一緒に見る人が違ったら、ちょっと違う気がする」

私は返事ができなかった。

胸の奥が、少しだけ痛かった。

卒業式の日。

教室には、いつもよりたくさんの笑い声があった。

黒板には「卒業おめでとう」の文字。

机の上には、持ち帰る荷物。

私は最後に、窓際の席へ座った。

蓮くんが隣に来る。

「最後だな」

「うん」

二人で窓の外を見る。

春の青空。

あの日と同じくらい、きれいだった。

「元気でな」

「蓮くんも」

「大学、頑張れよ」

「そっちも」

それ以上、何も言えなかった。

やがて、蓮くんが教室を出ていく。

私はその背中を見送った。

窓の外には、青空だけが広がっていた。

それから五年。

私は社会人になった。

仕事は忙しく、毎日があっという間に過ぎていった。

恋人ができたこともあった。

友達と旅行にも行った。

引っ越しもした。

高校時代のことを思い出す時間は、少しずつ減っていった。

それでも。

青空を見ると、ふと思い出す。

窓際。

隣の席。

「今日、空きれいだな」

あの声。

私はそれを、心の片隅にそっと置いたまま生きていた。

忘れたわけではない。

戻りたいわけでもない。

ただ、大切な思い出として。

ある休日。

私は久しぶりに母校の近くを通った。

校舎は変わっていない。

窓際の教室を見上げる。

その瞬間、スマートフォンが震えた。

知らない番号からのメッセージ。

『久しぶり。元気?』

名前を見て、私は目を見開いた。

蓮くんだった。

『今、近くにいるんだ』

続けて届いたメッセージ。

『もし時間があったら、少し話さない?』

私は校舎を見上げた。

空は、あの日と同じ青だった。

少し迷ってから、返信する。

『うん。話したい』

スマートフォンを握りしめる。

胸が、ほんの少しだけ騒いだ。

夕方。

駅前で待っていると、見覚えのある姿が見えた。

「久しぶり」

「うん。久しぶり」

二人で笑う。

何年も会っていなかったのに、不思議とすぐに昔の空気に戻れた。

「変わった?」

「少しね」

「俺も?」

「うん。でも、笑い方は変わってない」

「そっちも」

私たちは歩き出した。

ふと空を見上げる。

青空は、夕暮れの色へ変わり始めていた。

あの日、窓際で見上げた空とは違う。

私たちも、あの頃とは違う。

それでも。

胸の片隅に置いていた青だけは、今も鮮やかだった。

私は小さく笑う。

「あの頃の私に教えてあげたいな」

「何を?」

「いつかまた、こうやって一緒に空を見る日が来るよって」

蓮くんが笑った。

「じゃあ、今日がその日だな」

「うん」

並んで歩く。

今度は、どちらからともなく空を見上げた。