恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
卒業の 鐘が響いた その日にも 言えないままの 好きが残った


【短歌をテーマにした物語】
卒業式の日。

教室の窓から見える桜は、まだ少しだけつぼみを残していた。

私は机の中を片づけながら、何度も隣の席を見た。

そこに座っていたのは、三年間ずっと好きだった人。

直人くん。

けれど、その席はもう空っぽだった。

「もう帰ったのかな……」

小さく呟く。

手の中には、一枚の小さな紙。

卒業式が終わったら渡そうと思って、朝からずっと握りしめていた。

そこには、たった一言。

――好きです。

それだけを書いた。

入学したばかりの私は、教室で一人だった。

誰に話しかければいいのか分からず、休み時間になるといつも窓の外を眺めていた。

そんな私に声をかけてくれたのが、直人くんだった。

「次、体育だよ」

「……ありがとう」

「一緒に行こう」

それだけだった。

でも、その日から少しずつ学校が楽しくなった。

朝、教室で「おはよう」と言ってくれる。

テスト前には「頑張ろう」と笑う。

帰り道にくだらない話をする。

何でもない毎日。

その一つ一つが、いつの間にか大切になっていた。

二年生になっても、三年生になっても。

私は何度も伝えようと思った。

文化祭の日。

二人きりになったとき。

放課後、誰もいない廊下を歩いたとき。

卒業が近づいた冬。

けれど、いつも言えなかった。

「好き」

その二文字が、どうしても口から出てこなかった。

もし伝えてしまったら。

今までの関係が変わってしまう気がした。

だから私は、ずっと「友達」のままでいた。

そして今日。

卒業式。

校長先生の話を聞きながら、私は何度も思った。

今日こそ言おう。

今日を逃したら、もう言えない。

式が終わる。

卒業証書を受け取る。

最後のホームルーム。

担任の先生が話す。

そして――。

「それじゃあ、これで最後だ」

先生が黒板を消した。

教室から、拍手が起こった。

みんなが笑っている。

泣いている子もいる。

私も笑った。

でも、胸の奥はずっと苦しかった。

教室を出る。

廊下の向こうに、直人くんがいた。

「美咲」

「……直人くん」

「まだ帰ってなかったんだ」

「うん」

今しかない。

私は鞄の中の紙を握った。

「ねえ」

「ん?」

声が震える。

「私……」

その瞬間。

校舎に、卒業を告げる鐘が響いた。

――ゴーン。

一度。

――ゴーン。

二度。

鐘の音が、校舎いっぱいに広がる。

直人くんが窓の外を見る。

「最後の鐘だな」

「……うん」

言葉が続かなかった。

やがて鐘が止む。

廊下が静かになる。

「じゃあ、またな」

直人くんが笑う。

「……うん」

彼が歩いていく。

私は追いかけられなかった。

手の中の紙は、最後まで渡せなかった。

校門を出る。

桜の花びらが一枚、足元に落ちた。

私は立ち止まる。

スマートフォンを取り出す。

連絡先には、直人くんの名前がある。

メッセージを開く。

『卒業おめでとう』

そこまで入力して、指が止まった。

本当は、その続きがある。

伝えたい言葉がある。

でも、それはまだ送れなかった。

私は画面を閉じた。

「……いつか、言えるかな」

誰もいない校門で呟く。

春風が吹く。

制服のポケットの中には、あの紙が残っている。

三年間、ずっと胸の中にあった言葉。

卒業した今日も。

まだ、私の中に残っている。