恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
制服の 袖が触れたる 帰り道 それだけなのに 春が輝く


【短歌をテーマにした物語】
放課後の教室で、私は鞄に教科書を詰めていた。

窓の外では、桜が風に揺れている。

「帰る?」

振り向くと、隣の席の蓮くんが立っていた。

「うん」

たったそれだけの会話。

でも、私は少しだけ嬉しかった。

私と蓮くんは同じクラスで、席が隣。

授業で分からないところを教え合ったり、プリントを渡したりするくらい。

休み時間に話すこともあるけれど、放課後に一緒に帰ったことは一度もなかった。

だから、その日は少しだけ特別だった。

「今日、部活ないの?」

「うん。試験期間だから」

「そっか」

校門を出る。

春の風が吹いていた。

駅へ向かう道は、桜並木になっている。

私たちは並んで歩いた。

会話は、途切れ途切れだった。

「テスト、どうだった?」

「聞かないで」

「そんなに?」

「数学が……」

「俺、得意だから教えようか?」

「本当?」

「うん」

「じゃあ、お願い」

そんな何でもない話。

なのに私は、ずっと落ち着かなかった。

隣を歩く蓮くんとの距離が、いつもより近い。

歩くたびに、制服の袖が揺れる。

そして――。

ふわり。

私の袖が、蓮くんの袖に触れた。

「あ」

思わず声が出た。

「どうした?」

「う、ううん。何でもない」

蓮くんも特に気にした様子はない。

また歩き出す。

私は顔を前に向けたまま、頬が熱くなるのを感じていた。

たった一度。

袖が触れただけ。

それだけなのに。

なぜか、その瞬間から景色が違って見えた。

桜の花びらが、いつもより明るい。

空が、いつもより青い。

風が、いつもより優しい。

「……春って、こんなに綺麗だったっけ」

思わず呟く。

「何が?」

「桜」

蓮くんが空を見上げる。

「確かに綺麗だな」

「うん」

私は桜を見上げた。

本当は、桜だけを見ているわけじゃなかった。

隣にいる彼のことを、意識していた。

駅に着く。

「じゃあ、また明日」

「うん。また明日」

蓮くんが手を振る。

私も手を振り返す。

電車に乗ってからも、私は窓の外を眺めていた。

さっき触れた袖を、そっと見つめる。

何も変わっていない。

制服の袖。

ただの布。

なのに、そこに何か大切なものが残っている気がした。

翌朝、教室に入ると蓮くんがいた。

「おはよう」

「おはよう」

目が合う。

それだけで、昨日の帰り道を思い出す。

私は慌てて席に座った。

すると蓮くんが、机の横までやってきた。

「今日、放課後も一緒に帰る?」

私は顔を上げる。

「……うん」

「じゃあ、待ってる」

彼が戻っていく。

私は小さく笑った。

昨日は偶然だった。

袖が触れただけ。

でも今日は違う。

放課後を、一緒に過ごす約束ができた。

帰り道。

昨日と同じ桜並木を歩く。

「今日も桜、綺麗だね」

蓮くんが言う。

「うん」

私は笑った。

そして、ほんの少しだけ彼との距離を縮めた。

制服の袖が、また触れる。

今度は離れなかった。

ほんの数センチの距離。

それだけなのに。

春の世界が、また少し輝いた。

きっと恋は、こんな小さな出来事から始まる。

手をつなぐわけでもない。

好きだと言うわけでもない。

ただ、隣を歩いて。

袖が触れて。

その瞬間を、いつまでも覚えていたいと思う。

それだけで――。

いつもの帰り道は、特別な場所になる。