【短歌】
初恋の ページをそっと 開くたび あの日の君が 笑っているよ
【短歌をテーマにした物語】
春になると、私は古いアルバムを開く。
理由は、自分でもよく分からない。
桜が咲く季節になると、なぜか思い出したくなるのだ。
あの頃のことを。
ページを一枚めくる。
小学校の卒業式。
少し大きめの制服。
ぎこちない笑顔。
そして、写真の端に写っている男の子。
悠人。
私の初恋の人。
小学六年生の春。
悠人は、無口で、少し大人びていて、休み時間にはいつも本を読んでいた。
私は反対に、よく喋る子だった。
「何読んでるの?」
「秘密」
「教えてよ」
「嫌だ」
そんなやり取りを毎日のように繰り返していた。
今思えば、それが楽しかった。
話す理由が欲しくて、何度も悠人の机へ行った。
ある日の放課後。
教室には私たち二人しかいなかった。
窓の外では、桜の花びらが舞っている。
「もうすぐ卒業だね」
私が言うと、悠人は本から顔を上げた。
「うん」
「中学に行ったら、会わなくなるかな」
「同じ中学だろ」
「そうだけど……」
私は言葉を濁した。
本当は、
「これからも一緒にいたい」
と言いたかった。
でも、言えなかった。
代わりに私は、机の上に置いてあった消しゴムを指で転がした。
「ねえ、悠人」
「何?」
「好きな人いる?」
一瞬、悠人が黙った。
「……いる」
胸が、きゅっと痛くなった。
「そっか」
笑った。
笑うしかなかった。
私は最後まで、悠人に告白できなかった。
「じゃあね」
「うん。またね」
その一言だけ。
それから私たちは、別々の高校へ進んだ。
連絡を取ることもなくなった。
いつしか私は、悠人のことを思い出さなくなった。
恋なんて、そんなものだと思っていた。
大人になった今。
私は会社員として働いている。
恋人がいたこともある。
失恋したこともある。
忙しい毎日の中で、小学生の頃の恋なんて、すっかり過去のことになっていた。
そう思っていた。
けれど、春になるとアルバムを開きたくなる。
今日もまた、一冊のアルバムを取り出した。
ページをめくる。
入学式。
運動会。
遠足。
そして、卒業式。
写真の中の私は笑っている。
その隣に、悠人がいる。
私は指で写真をなぞった。
「……懐かしい」
その瞬間だった。
スマートフォンが鳴った。
母からだった。
『今度、実家を片付けるから、昔のものがあったら持っていってね』
私はアルバムを閉じた。
そして、ふと思った。
――悠人は、今どうしているんだろう。
週末。
実家へ帰った私は、昔の机の引き出しを開けた。
中から、古いノートが出てきた。
表紙には、小学生の頃の私の字。
『ひみつ』
何のノートだったのか。
ページを開いてみる。
そこには、友達の名前や、その日の出来事が書かれていた。
そして最後のページ。
大きな文字で、こう書かれていた。
『悠人くんが好き』
思わず笑った。
「……私、こんなこと書いてたんだ」
さらにページをめくる。
その下に、幼い私の字で続きが書いてあった。
『いつか言う』
胸が少しだけ温かくなった。
数日後。
会社帰りに駅へ向かっていると、後ろから声をかけられた。
「もしかして……美咲?」
振り返る。
知らない男性。
でも、その声には聞き覚えがあった。
「……悠人?」
彼は笑った。
「やっぱり」
何年ぶりだろう。
顔つきは変わっている。
でも、笑った時の目元だけは、あの頃のままだった。
私たちは駅前のカフェで話をした。
仕事のこと。
昔の友達のこと。
小学校の思い出。
「覚えてる?」
私は聞いた。
「卒業前に、私が好きな人いるって聞いたこと」
悠人が笑う。
「ああ」
「誰だったの?」
少しの沈黙。
「……美咲」
「え?」
「好きだったの、美咲だよ」
私は言葉を失った。
「嘘」
「本当」
「じゃあ、なんで言ってくれなかったの?」
「美咲も、俺に聞いたきり何も言わなかっただろ」
二人で顔を見合わせる。
そして、笑った。
あまりにも昔のことなのに。
あまりにも簡単なことだったのに。
あの日、たった一言を言えていたら。
私たちの人生は、違っていたのかもしれない。
店を出ると、春の風が吹いていた。
桜の花びらが舞っている。
「また会おうよ」
悠人が言った。
私は頷いた。
「うん」
今度は、ちゃんと笑えた。
家に帰り、私はもう一度アルバムを開いた。
卒業式の写真。
そこには、幼い私と悠人が写っている。
写真の中の私は、今よりずっと幼くて。
でも、とても幸せそうに笑っていた。
私はその写真を見ながら思う。
初恋は、叶わなかった。
そう思っていた。
けれど、違ったのかもしれない。
初恋は、叶うか叶わないかだけではない。
誰かを大切に思った気持ち。
胸が高鳴った瞬間。
言えなかった言葉。
そのすべてが、私の中に残っている。
ページをめくるたび。
あの日の私は笑っている。
そして、その隣にいる君も。
まるで、
「やっと思い出したね」
とでも言うように。
初恋の ページをそっと 開くたび あの日の君が 笑っているよ
【短歌をテーマにした物語】
春になると、私は古いアルバムを開く。
理由は、自分でもよく分からない。
桜が咲く季節になると、なぜか思い出したくなるのだ。
あの頃のことを。
ページを一枚めくる。
小学校の卒業式。
少し大きめの制服。
ぎこちない笑顔。
そして、写真の端に写っている男の子。
悠人。
私の初恋の人。
小学六年生の春。
悠人は、無口で、少し大人びていて、休み時間にはいつも本を読んでいた。
私は反対に、よく喋る子だった。
「何読んでるの?」
「秘密」
「教えてよ」
「嫌だ」
そんなやり取りを毎日のように繰り返していた。
今思えば、それが楽しかった。
話す理由が欲しくて、何度も悠人の机へ行った。
ある日の放課後。
教室には私たち二人しかいなかった。
窓の外では、桜の花びらが舞っている。
「もうすぐ卒業だね」
私が言うと、悠人は本から顔を上げた。
「うん」
「中学に行ったら、会わなくなるかな」
「同じ中学だろ」
「そうだけど……」
私は言葉を濁した。
本当は、
「これからも一緒にいたい」
と言いたかった。
でも、言えなかった。
代わりに私は、机の上に置いてあった消しゴムを指で転がした。
「ねえ、悠人」
「何?」
「好きな人いる?」
一瞬、悠人が黙った。
「……いる」
胸が、きゅっと痛くなった。
「そっか」
笑った。
笑うしかなかった。
私は最後まで、悠人に告白できなかった。
「じゃあね」
「うん。またね」
その一言だけ。
それから私たちは、別々の高校へ進んだ。
連絡を取ることもなくなった。
いつしか私は、悠人のことを思い出さなくなった。
恋なんて、そんなものだと思っていた。
大人になった今。
私は会社員として働いている。
恋人がいたこともある。
失恋したこともある。
忙しい毎日の中で、小学生の頃の恋なんて、すっかり過去のことになっていた。
そう思っていた。
けれど、春になるとアルバムを開きたくなる。
今日もまた、一冊のアルバムを取り出した。
ページをめくる。
入学式。
運動会。
遠足。
そして、卒業式。
写真の中の私は笑っている。
その隣に、悠人がいる。
私は指で写真をなぞった。
「……懐かしい」
その瞬間だった。
スマートフォンが鳴った。
母からだった。
『今度、実家を片付けるから、昔のものがあったら持っていってね』
私はアルバムを閉じた。
そして、ふと思った。
――悠人は、今どうしているんだろう。
週末。
実家へ帰った私は、昔の机の引き出しを開けた。
中から、古いノートが出てきた。
表紙には、小学生の頃の私の字。
『ひみつ』
何のノートだったのか。
ページを開いてみる。
そこには、友達の名前や、その日の出来事が書かれていた。
そして最後のページ。
大きな文字で、こう書かれていた。
『悠人くんが好き』
思わず笑った。
「……私、こんなこと書いてたんだ」
さらにページをめくる。
その下に、幼い私の字で続きが書いてあった。
『いつか言う』
胸が少しだけ温かくなった。
数日後。
会社帰りに駅へ向かっていると、後ろから声をかけられた。
「もしかして……美咲?」
振り返る。
知らない男性。
でも、その声には聞き覚えがあった。
「……悠人?」
彼は笑った。
「やっぱり」
何年ぶりだろう。
顔つきは変わっている。
でも、笑った時の目元だけは、あの頃のままだった。
私たちは駅前のカフェで話をした。
仕事のこと。
昔の友達のこと。
小学校の思い出。
「覚えてる?」
私は聞いた。
「卒業前に、私が好きな人いるって聞いたこと」
悠人が笑う。
「ああ」
「誰だったの?」
少しの沈黙。
「……美咲」
「え?」
「好きだったの、美咲だよ」
私は言葉を失った。
「嘘」
「本当」
「じゃあ、なんで言ってくれなかったの?」
「美咲も、俺に聞いたきり何も言わなかっただろ」
二人で顔を見合わせる。
そして、笑った。
あまりにも昔のことなのに。
あまりにも簡単なことだったのに。
あの日、たった一言を言えていたら。
私たちの人生は、違っていたのかもしれない。
店を出ると、春の風が吹いていた。
桜の花びらが舞っている。
「また会おうよ」
悠人が言った。
私は頷いた。
「うん」
今度は、ちゃんと笑えた。
家に帰り、私はもう一度アルバムを開いた。
卒業式の写真。
そこには、幼い私と悠人が写っている。
写真の中の私は、今よりずっと幼くて。
でも、とても幸せそうに笑っていた。
私はその写真を見ながら思う。
初恋は、叶わなかった。
そう思っていた。
けれど、違ったのかもしれない。
初恋は、叶うか叶わないかだけではない。
誰かを大切に思った気持ち。
胸が高鳴った瞬間。
言えなかった言葉。
そのすべてが、私の中に残っている。
ページをめくるたび。
あの日の私は笑っている。
そして、その隣にいる君も。
まるで、
「やっと思い出したね」
とでも言うように。



