恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~

【短歌】
君の名を 書いては消した ノートには 言えない恋が 春を待ってる


【短歌をテーマにした物語】
高校二年の冬。

私は毎日、同じページを開いていた。

白いノートの最後から三ページ目。

そこには、何度も書いては消した名前がある。

「桜井春斗」

同じクラスの男の子。

明るくて、誰にでも優しくて、いつも輪の中心にいる人。

私とは正反対だった。

話したことはある。

消しゴムを拾ってくれたこともある。

文化祭の準備で、少しだけ一緒に作業したこともある。

でも、それだけ。

私にとっては特別な時間でも、春斗くんにとっては何百もの出来事のひとつだったと思う。

だから、気持ちを伝える勇気なんてなかった。

でも、好きという気持ちは、消そうとするほど大きくなった。

授業中、黒板を見ながらノートの端に名前を書く。

放課後、誰もいない教室で名前を書く。

そして、ため息をつきながら消しゴムで消す。

消しても、跡だけは残った。

まるで私の気持ちみたいだった。

二月の終わり。

席替えで、偶然にも春斗くんが隣になった。

「よろしく」

そう言って笑う彼に、私は小さくうなずいた。

近くなった距離は、嬉しいはずなのに苦しかった。

授業中、彼がノートを覗き込んでくる。

「字、きれいだね」

「え?」

「なんか、丁寧に書いてる感じする」

たったそれだけの言葉で、一日中幸せだった。

でも同時に思った。

こんなことで喜んでいる自分が恥ずかしい。

私は彼のことを何も知らない。

彼も私のことを何も知らない。

それなのに、私の心だけが先に走っていた。

卒業まであと一か月。

春が近づいていた。

ある日の帰り道、春斗くんが言った。

「ねえ、春休みって暇?」

突然の言葉に、心臓が跳ねた。

「えっと……たぶん」

「そっか」

彼は少し笑った。

「桜、見に行かない?」

その瞬間、私は何も言えなくなった。

夢みたいだった。

でも、怖かった。

もし断られたら。

もし勘違いだったら。

もし、この関係が壊れたら。

「……考えておく」

それしか言えなかった。

家に帰って、いつものノートを開いた。

何度も名前を書いたページ。

そこに、今日は違う言葉を書いた。

「桜井春斗くんと、桜を見る」

書いた瞬間、涙が出た。

今まで消してばかりだった文字が、初めて消さずに残った。

約束の日。

公園の桜は満開だった。

風が吹くたび、花びらが舞う。

「きれいだね」

春斗くんが言った。

私は勇気を出した。

「私……ずっと言いたかったことがある」

声が震える。

「春斗くんのことが好きです」

一瞬、世界が静かになった気がした。

彼は驚いた顔をしたあと、優しく笑った。

「ありがとう」

その言葉だけで、胸がいっぱいになった。

そして続けた。

「実は俺も、ずっと話してみたいと思ってた」

桜の花びらが二人の間を舞った。

夜、私はノートを開いた。

もう、名前を消すことはなかった。

何度も書いて、何度も消した名前。

でも本当は、消したかったんじゃない。

ただ、いつか堂々と残せる日を待っていたのだ。

春を待つ花のように。

言えない恋も、いつか咲く日を信じながら。

私は最後のページに、新しい一文を書いた。