僕の幼馴染みが、オメガバースに激はまりしてしまったんだが

 その日は、夏休み前の休日だった。
僕こと 渡久山 忍(とくやま しのぶ)は、自分の部屋のベッドの上で漫画を読んでいた。

主人公に悪役が、背後から忍び寄ってくる緊迫のシーン、ゴクリと唾を飲み、いざ次のページを捲ろうとした。

 その時、バーンッ! とけたたましい音を立てて部屋の扉が開いた!

 「うわッ! ビックリした……んだよ、海里かよ……驚かせるなよ、ちょっと、勢いよく開けたらノブで壁が傷つくだろ、うちの壁薄いんだから穴が開いたらどうするんだよ、バーンってやんなって」
 「確かにお前の家の壁が薄いのは、この先不安しかないが……今はそんなことどうでもいいんだ、忍、聞いてくれ」

 物凄い顔して入ってきたこの男は、僕の幼馴染みの 檜山 海里(ひやま かいり)なんだけど、この自分勝手な発言からも解るように、非常に自己中な男。まぁ、顔はいいんだけどさぁ、あーー生まれも育ちも良い、お坊っちゃんなんだけど……なんつーか、残念な生き物図鑑に載ってそうなヤツなんだよなぁ。

 「忍、聞いているのか」
 「聞いてるよ……つか、この距離で聞きたくなくても聞こえるわ。はーーなんだよ? 今度はなに? もう転生の話は終わったの?」

 この檜山海里は、読書家なのだが、その読む本のほとんどがラノベで、しかもBLという、男にしてはちょっと変わった趣味を持っている。親の影響らしいけど……怖くてそこら辺は、幼馴染みといえど深く踏み込めません。

 んで、ここしばらくは、BL転生ものにはまってて、とにかく僕のバッドエンドを回避しようとしてくるから、めんどくさいったら。よく言えば素直な性格なんだけど、影響すぐされちゃうんたよなぁ。

 「その道に行くと、お前は拐われバッドエンドを迎える、今日は俺と帰ろう」「あの女友達と仲良くなると、あの女に惚れている男にボコボコにされてバッドエンドを迎える、もう喋るな」「誕生日は俺以外と過ごすと事故にあう、朝まで一緒にいよう」とか、次から次に立つバッドエンドフラグに付き合わされ……僕の日常は、よく分からないバッドエンド回避によって、幾度となく乱されてきた。

 「もういいよ……バッドエンドで」

 今日も今日とて、めんどくさい。漫画を読みながら適当に流そうとした。
 しかし、海里は、この世の終わりでも来るかと言わんばかりな絶望した顔で騒ぎだした。

 「なにを諦めているんだ! そんなことではバッドエンドになるだろう! 俺が転生してきた意味がなくなる、俺はお前を幸せにするために異世界からやってきたというのに」
 「もーー、僕べつに幸せに生きてるんだよ、過去も未来も僕が全部責任もつから、ほっとけ。お前はお前のバッドエンドを回避してりゃいいだろ」
 「わーー!!」

 突然、海里が頭を抱えて叫んだので、僕はベッドから飛び起きて……距離をとった。だって怖いんだもん。

 「な、なに?」
 「今……俺に、バッドエンドのフラグが立った……くっ、お前を助けたいだけなのに……信じてもらえないなら俺なんか……このまま死んでもかまわない。ただ、お前を幸せにしてあげられなかったことだけが心残りだ……絶対に回避できたはずだったのに……すまない、今ターンで、回避は無理だったとしても、次のターンで必ずお前を幸せにするから」
 「あーーもぅ、くそめんど! いいよこのターンで」

 僕はベッドから降りて、彼に近づくとその頭を撫でた。海里の切れ長の瞳に僕の顔が写り混む。僕たちはまじまじと見つめあった。

 こいつ、綺麗な顔してるんだよね。まじで、顔は良いんだよ……中身なんとかなんないかなぁ。中身が入れ替わる設定ないの? いっつも中身がお前じゃ、何回転生してきてもかわんねーんじゃね?
 僕がげんなりしていると、海里は僕の手を両手でハシッと掴んだ。

 「忍……やはり、君は俺の運命のツガイ」
 「なんて?」
 「この世界には、六つの性別があるんだ」
 「無いよね?」
 「男アルファ、男ベータ、男オメガ、女アルファ、女ベータ、女オメガ」
 「早口言葉なの?」

 僕の突っ込みを完全に無視で始まる、世界設定。これ、海里が何かにはまった時の特徴なんだけど、とにかくそこは厳密に設定立てなきゃいけないみたい。今回の世界は、ややこしそうだな……。

 「俺は実は、アルファなんだ」
 「へーー」

 そして、海里は言いにくそうに、何度も口を噤み、意を決したように僕の肩を両手でガシッと掴んだ。

 「お前は……最初はベータだったんだけど、俺と過ごすうちにオメガになってしまったんだ、ごめん」
 「へーー」

 何に対してごめんなのかわからんが、海里の顔が、憐れむ者を見るように歪む。

 「オメガは、この世界ではほぼ性奴隷として生きる未来しかない」
 「せい……なんて?」
 「だが、安心してくれ、俺はお前の運命のツガイとして、お前を一生守ることを誓う」
 「お、おぅ……ねぇ、たびたび出てくるその運命のツガイってなんなの?」

 海里は、神妙な顔つきで頷いた。

 「運命のツガイとは……決して抗うことができない魂のツガイだ」
 「う、うーん、わからん」
 「つまり、お前と俺は、言うなれば生まれた瞬間から赤い糸でぐるぐる巻きになっている状態なんだ」
 「はぁ……へー、赤い糸って、恋愛的な?」
 「愛だ、恋なんて軽いものじゃない、執愛、溺愛、敬愛、とにかく愛だ」

 海里の目が血走ってて怖いのなんの。たぶんなんだけどさ、たぶん、海里は僕のことが好きなんだと思うんだよね。

 他のヤツにこんなこと言ってないし、僕にだけ見せる変態的な執着心というか……まぁ、その、悪い気はしないのよ。
 悪い気はしないんだけど、なんつーか……僕は、普通に恋がしたいんだよね。