御刀さまと花婿たち

「おまえはむかしから、さびしがりでしたからね」

 一日会わないだけで、さびしいと抱きついてくる弟。
 仕方ない子ね、と苦笑しつつ、鼓御前は葵葉の頭をなでてやる。

「……そう、俺はさびしいの。だから姉さまが癒やしてよ」
「はい……?」 

 いつの間にか、葵葉が顔をあげていた。
 常磐(ときわ)色の瞳が、間近にある。
 吐息がふれるほど、葵葉が近くにいる。

「動かないで……」

 熱っぽい声音でささやいた葵葉が、ととのった顔を近づける。
 そのくちびるが、鼓御前のくちびるにかさなる──

「……んむ!」

 ──かさなることは、なかった。
 鼓御前が、手のひらでスッと制したのだ。

「……なんで止めるの、姉さま」
「葵葉、この姉を見くびらないでください」

 やけに神妙な顔をした鼓御前が、ひとつ息を吐いて告げる。

「口づけは、むやみやたらと、人目もはばからずすることではない」
「は?」
「しかし! 好き合うものどうしがすることだと! わたしはもう知っているのです!」

 どやぁ。
 鼓御前は得意げに胸を張る。
 目を白黒させた葵葉は、「はぁ……」と脱力した。

「なんですか、ため息なんかついて!」
「もしかしなくても、あの頭かったいオトーサマに吹き込まれたんだろうなぁ……」
「それは聞き捨てなりませんね! そもそも葵葉、おまえには『だいすきなかぞくとする』などと嘘をついたお説教をしなければなりません。そこにお座りなさい!」
「はいはい」

 頭をがしがしとかき回した葵葉が、座布団にあぐらをかく。
 お世辞にも反省しているとは思えない。
 葵葉は腕を組むと、試すような口調で鼓御前に言い放った。

「ちなみに聞くけどさ。『好き合うものどうし』ってだれのことを言ってるのか、姉さまはわかってんの?」
「……えっと」
「ほーら、わかってないんじゃん」
「ぐぬぬ……!」

 葵葉の言うとおりだ。
 正直のところ、鼓御前はまだよく理解できていなかった。

「姉さまは鈍感だからな。んー……」

 葵葉があごに手を当て、なにやら考え込む。
『理解している』口ぶりだ。

「『好き』って気持ちにも、いろいろ種類があるんだ」
「種類……? どういった『好き』なのですか?」
「俺がこう言うのもなんだけど……はぁ」

 葵葉はぐしゃ、と再度黒髪をかき回すと、言葉を続ける。

「あるじが前世(まえ)に言ってたろ。姉さまがいるなら、妻は要らないって。そういう気持ち」
「それは……幸福なことなんでしょうか?」
「え?」

 思ってもみない鼓御前の反応だ。
 葵葉はすっとんきょうな声をあげる。

「わたしだって、蘭雪(らんせつ)さまがすきでした。もし蘭雪さまが奥方をお迎えになり、御子が誕生していたら、こんなに喜ばしいことはないと祝福していたでしょう。だいすきなあるじさまには、しあわせになっていただきたかったですもの」
「…………はぁあ」

 鼓御前は飾らない気持ちを口にしたつもりだ。
 しかし葵葉に、盛大なため息をつかれてしまう。

「姉さま……それぜったいあるじ、じゃなかった立花センセには言うなよ?」
「どうして?」
「どうしても。……同情するぜ、こればっかりは」

 鼓御前は、基本的に他者へ好意をいだく。
 だがそれは親愛にとどまっていて、『その先』を知らないのだ。

九条(くじょう)センパイに聞くのもナシな。あの人がまともに青春してきたとか思えないから」
「そんなぁ……葵葉はいじわるです」
「俺が姉さま不足で困ってるあいだ、姉さまにも困ってもらわないと」

 とかなんとか言いながら、葵葉はおもむろに座布団から腰をあげる。
 そして最後に、鼓御前へこう言った。

「『恋』とはなにか、考えておいて。俺からの課題ね」