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兎鞠島商店街からすこしはなれた、閑静な住宅地。
その片隅に、『はなや』と暖簾をかかげたむかしながらの甘味処があった。
「いつもごめんねぇ……ひなちゃん」
「これくらい当然ですよ」
「御刀さまにまでお手伝いいただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして!」
老婆はふゆといい、ひなと顔なじみだったらしい。
あれからふゆを抱き起こし、鼓御前とひなで手分けをして、ふゆの自宅でもある甘味処へ荷物を運んだところだ。
ふゆは転んでいたが、骨折などはしていなかったことがさいわいだ。
あらためてふゆに礼を言われたところで、鼓御前はふと疑問をおぼえる。
「……あら? そういえばわたし、ごあいさつしましたかしら?」
「ふふ、わかりますよ。なんたって御刀さまですから」
「わ、わかるものなのですか?」
「ふゆおばあちゃまは、高い霊力をお持ちなんです」
「そんなにすごいことでもないですよ。ただすこし、むかしから『視る』ことと『感じる』ことができるだけで」
ふゆは糸目のような瞳をさらに細め、しわくちゃの顔で笑う。
「神さまの清らかな『気』がそこに在るのが、視えます。……おや」
ショキショキ……どこからか不思議な音がひびき、ふゆが言葉を止めた。
「そうだわ。ひなちゃん、御刀さま、ちょっとお待ちいただけますか? 今日のお礼をさせてくださいな」
なにかいいことでも思いついたのか。
にこやかに言い残したふゆが、店の奥へ引っ込む。
静かになると、ショキショキ……とあの不思議な音が際だって聞こえるようになる。
「なんの音でしょう?」
「小豆洗いですね」
「小豆洗い……ですか?」
「こちらに棲みついている、ふゆおばあちゃまのおともだちです。無害なあやかしですよ。恥ずかしがりやらしいので、私はすがたを見たことはありませんが」
「ふゆおばあちゃまは、『愛される方』なんですよ」とひなは言う。
その言葉の意味を鼓御前がしばし思案していると、ふゆがお盆をかかえてもどってきた。
「お待たせしました。店のなかが手狭ですいませんねぇ。お天気もいいことですし、お外でいかがですか?」
ふゆが運んできたのは、お茶とおはぎだった。
そういえば、店の外に日よけの番傘と長椅子があった。
鼓御前は礼を言い、そこですこし休憩させてもらうことにした。
「まぁ……このおはぎ、もちもちで、ほんのり甘くて、おいしいですねぇ。それにかわいらしい!」
おはぎをひとくち食べて、鼓御前は虜になった。
もち米はすりつぶしすぎず、ほどよい粒加減。
あんもほんのりと香りが残る程度の、控えめな甘さ。
そしてなにより鼓御前の目を引いたのは、そのあんが桜色をしていたことだ。
「桜あんのおはぎは、『はなや』さんの看板メニューなんです。見た目もかわいらしくて、若い娘のあいだで大人気でして。『気になる殿方といっしょに食べると、恋が叶う』って」
「恋……」
「やだわひなちゃん、言いすぎですよ。ちょっと季節はずれですけど、よろこんでいただけたならよかった」
ふゆは気恥ずかしげに笑い、それからふと眉をさげた。
「でも、そろそろ店の暖簾をおろそうかと思っているんです」
「ふゆおばあちゃま、それはほんとうに!?」
「こんなしわくちゃのおばばだしねぇ。近ごろ足も悪くなってきて。潮時かしらねぇ」
「そうですか……さびしいです」
ふゆの言葉は、ひなにかなりの衝撃をもたらしたらしい。
鼓御前から見ても、ひながしゅんと落ち込んでいるのがわかる。



