御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 兎鞠島(とまりじま)商店街からすこしはなれた、閑静な住宅地。
 その片隅に、『はなや』と暖簾(のれん)をかかげたむかしながらの甘味処があった。

「いつもごめんねぇ……ひなちゃん」
「これくらい当然ですよ」
御刀(おかたな)さまにまでお手伝いいただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして!」

 老婆はふゆといい、ひなと顔なじみだったらしい。
 あれからふゆを抱き起こし、鼓御前とひなで手分けをして、ふゆの自宅でもある甘味処へ荷物を運んだところだ。
 ふゆは転んでいたが、骨折などはしていなかったことがさいわいだ。
 あらためてふゆに礼を言われたところで、鼓御前はふと疑問をおぼえる。

「……あら? そういえばわたし、ごあいさつしましたかしら?」
「ふふ、わかりますよ。なんたって御刀さまですから」
「わ、わかるものなのですか?」
「ふゆおばあちゃまは、高い霊力をお持ちなんです」
「そんなにすごいことでもないですよ。ただすこし、むかしから『視る』ことと『感じる』ことができるだけで」

 ふゆは糸目のような瞳をさらに細め、しわくちゃの顔で笑う。

「神さまの清らかな『気』がそこに在るのが、視えます。……おや」

 ショキショキ……どこからか不思議な音がひびき、ふゆが言葉を止めた。

「そうだわ。ひなちゃん、御刀さま、ちょっとお待ちいただけますか? 今日のお礼をさせてくださいな」

 なにかいいことでも思いついたのか。
 にこやかに言い残したふゆが、店の奥へ引っ込む。
 静かになると、ショキショキ……とあの不思議な音が際だって聞こえるようになる。

「なんの音でしょう?」
「小豆洗いですね」
「小豆洗い……ですか?」
「こちらに棲みついている、ふゆおばあちゃまのおともだちです。無害なあやかしですよ。恥ずかしがりやらしいので、私はすがたを見たことはありませんが」

「ふゆおばあちゃまは、『愛される方』なんですよ」とひなは言う。
 その言葉の意味を鼓御前がしばし思案していると、ふゆがお盆をかかえてもどってきた。

「お待たせしました。店のなかが手狭ですいませんねぇ。お天気もいいことですし、お外でいかがですか?」

 ふゆが運んできたのは、お茶とおはぎだった。
 そういえば、店の外に日よけの番傘と長椅子があった。
 鼓御前は礼を言い、そこですこし休憩させてもらうことにした。

「まぁ……このおはぎ、もちもちで、ほんのり甘くて、おいしいですねぇ。それにかわいらしい!」

 おはぎをひとくち食べて、鼓御前は虜になった。
 もち米はすりつぶしすぎず、ほどよい粒加減。
 あんもほんのりと香りが残る程度の、控えめな甘さ。
 そしてなにより鼓御前の目を引いたのは、そのあんが桜色をしていたことだ。

「桜あんのおはぎは、『はなや』さんの看板メニューなんです。見た目もかわいらしくて、若い娘のあいだで大人気でして。『気になる殿方といっしょに食べると、恋が叶う』って」
「恋……」
「やだわひなちゃん、言いすぎですよ。ちょっと季節はずれですけど、よろこんでいただけたならよかった」

 ふゆは気恥ずかしげに笑い、それからふと眉をさげた。

「でも、そろそろ店の暖簾をおろそうかと思っているんです」
「ふゆおばあちゃま、それはほんとうに!?」
「こんなしわくちゃのおばばだしねぇ。近ごろ足も悪くなってきて。潮時かしらねぇ」
「そうですか……さびしいです」

 ふゆの言葉は、ひなにかなりの衝撃をもたらしたらしい。
 鼓御前から見ても、ひながしゅんと落ち込んでいるのがわかる。