御刀さまと花婿たち

 雲行きがあやしい。
 瘴気(しょうき)は、北東からただよってくる。

(うしとら)の方角か」
「えぇ、鬼門(きもん)にあたります。あやかしたちの出入り口ですね」
「見事に人っ子ひとり歩いていないな。すばらしい危機管理能力だことだ」
「──『逢魔(おうま)の鐘』です」

 暗雲の立ちこめる町並みを、鈴蘭型のガス灯の上から鼓御前(つづみごぜん)葵葉(あおば)が一望していたときだった。
 姉弟がいっせいにふり返ると、そこには人影がひとつ。
 鼓御前らと同様に、少年がガス灯の上でたたずんでいた。
 浅葱(あさぎ)差袴(さしこ)をはき、白衣(びゃくえ)をまとった少年だ。

三度(みたび)打ち鳴らされる鐘は、〝(ヤスミ)〟の出現を知らせる警鐘なのです。この鐘の音がきこえたなら、島民はただちに屋内へ避難し、戸締まりをおこなう取り決めとなっております」

 年のころは葵葉とおなじ、十五、六歳ほどだろうか。
 生真面目そうな少年だ。
 す……と葵葉が常磐色の瞳を細める。
 誰何(すいか)のまなざしを受け、少年は深々と頭を垂れた。

「お初にお目にかかります、鼓御前さま、青葉時雨(あおばしぐれ)さま。わたくしは『典薬寮(てんやくりょう)』より派遣されました、(あざみ)と申します」
「ふぅん。それも、本名じゃないんだろ?」
「神職ゆえ、真名をさらす行為は禁じられております。平にご容赦を」
「まぁ、賢明な判断だな」

 神に真名を明かすことは、命をにぎられることと同義。
 霊力をあつかう者ならば、それは常識として骨の髄まで染み込んでいることだろう。

「失礼ですが、『典薬寮』というのは?」
「〝(ヤスミ)〟に対抗するため、霊力者によって組織された特殊機関──これに属し、わたくしのように現場で任務をおこなう者は、(かんなぎ)と呼ばれております」
「さしずめ、武装した神職者ってところか。あやかしとどっちが物騒なんだか」

 葵葉がそう揶揄(やゆ)するに至ったのは、莇の腰に提げられたひと振りの短刀が起因している。

「付喪神はやどっていない刀のようですね」
「は。御刀(おかたな)さまと契りを交わすことのできる覡は、限られておりますゆえ」
「とはいえ、寄こされたからには、最低限穢れを祓う霊力は持ってるってことだな」

 ともすれば不遜にもきこえかねない言動だ。
 だが莇は葵葉に気を悪くすることなく、流暢に受け答える。

「お目覚めになられて間もなく、お付きの覡もいらっしゃらない御刀さまに申しあげることではないと、重々承知しておりますが……」

 表情を曇らせたのも一瞬のこと。
 意を決した面持ちの莇が、草履でガス灯を蹴り、鼓御前たちの前へでる。

「ご案内いたします。〝(ヤスミ)〟が確認されたのは、これより三キロメートル先、兎鞠(とまり)郵便局でございます」