御刀さまと花婿たち

「葵葉」

 落ち着いた声に呼ばれ、葵葉はぴくりと身じろいだ。
 風呂に入っているあいだにすがたを消していた千菊が、いつの間にかもどってきたのだ。

「……ごめん」

 気づけば、葵葉の口から謝罪がこぼれていた。

「いろんなひとに、迷惑かけて……ごめん」

 あれから、千菊とはろくに会話をしていない。
 やはり幻滅されただろうか。
 うつむき、くちびるを噛む葵葉。
 その頭に、そっと手がふれる。

「わかってくれたなら、私から言うことはありません。……きみ自身の意思で、一歩をふみだしたのですね、葵葉」

 葵葉は思わず顔をあげる。
 竜頭面にかくされているけれど、千菊はきっとほほ笑んでいるのだろう。

「きみは独りではありません。それを忘れないで」
「……あるじっ……」

 葵葉の常磐色の瞳が、じわりと潤む。
 いまとむかし。
 関係はすっかり変わってしまった。
 けれどもこのときだけは、かつての想い出をなぞることを、許してほしい。
 葵葉は涙をこらえながら、純白の袖をつかむ。
 千菊もとなりに腰をおろして、葵葉の背をさする。

「疲れているでしょう。私が『典薬寮』に報告をしておきましたから、もう休みなさい」
「あんたにしては、やさしいじゃん……」
「反省文の提出は明日以降でかまいません。原稿用紙十枚にまとめてきてくださいね」
「やっぱり鬼畜だ……」

 ちょっとした短編小説が書ける文量である。
 それはともかく。

「葵葉と莇さんはお泊まりですか? わかりました! わたしにお任せください!」
「あ、ちょっと、姉さま」

 なにやら鼓御前が、はりきって家の奥へ引っ込んでしまった。

「鼓御前さまは、いったいなにをなさるつもりなのか……」
「さぁ。けど姉さまがなにしても、ほほ笑ましい気がする」
「それは同感だ」

 などと少年たちが言葉をかわしていると。

「莇」

 鼓御前と入れかわりに、ひなが部屋にやってきた。

「姉上……!」
「事情は立花さまからお聞きしました」

 姉と会っていないのは何年ぶりだろうか。
 ひどくひさしぶりのような気がする。
 莇が慌てて居住まいをただすと──

「……立派に、なりましたね」

 ふとまなじりを下げたひなが、そう口にする。

「まだまだ学ぶべきことも多いでしょう。けれど恥ずべきことはありません。じぶんに誇りを持ちなさい」

 たまらず、莇はうつむく。
 けれど、それは悲しいからではない。

「はい……姉上……っ」

 じぶんの存在が、認められた。
 認めてくれた。
 ほかのだれでもない、家族が。
 それだけで、莇の胸はじんと熱を持つ。

 そうして、各々があたたかなぬくもりを胸に迎えた夜。
 足取りも軽くもどってきた鼓御前によって、爆弾が投下された。

「せっかくのお泊まりなので、客間にお布団を敷きました。みんなで仲良く寝ましょう!」
「はっ……?」
「えっ……?」
「…………あ?」

 鼓御前の言葉に続き、葵葉、莇、桐弥の順での反応である。
 聞き間違いならばよかった。
 しかし客間に敷かれた三組の布団は、幻覚でもなんでもない。
 なんなら「きれいに敷けたでしょう! ほめてください!」とばかりに、鼓御前は得意げだ。
 この純粋な好意を無下にするわけにもいかず──

「これ、なんの罰ゲーム?」
「鼓御前さまがこんなに近くにいるなんて……近すぎる……もはや拷問だ……いいや感情を乱すな未熟者……!」

 そんなわけで。
 少年たちが鼓御前をはさんで眠るという、摩訶不思議な川の字が完成した。

「すぴぃ……」

 のちに少年たちは語る。
 ぐっすりと眠ることができたのは御刀さまだけ、とかなんとか。