御刀さまと花婿たち

「怪我は? してないな。よし、ここでじっとしてるんだ。無理をする必要はないから」

 莇はすばやく葵葉の容態を確認。
 立ちあがれない葵葉を木の幹にもたれさせると、自身は浅葱色の裾をはらう。

「おい……!」

 とっさに、葵葉は莇の袖をつかんでいた。
「どうした?」と莇がふり返る。
 その素朴な疑問のまなざしに、葵葉は口ごもってしまう。

「い、いや……どうっていうか……なんで助けたんだ?」

 初対面で散々馬鹿にしたし、反抗的な態度ばかりとった。

「俺のこと助けるメリットなんか、ないはずなのに……」

 うなだれる葵葉の頭上で、ため息がもれる。

「だれかを助けたいという気持ちに、理由が必要なのか?」
「え……?」
「おれが助けたいから助ける。ただそれだけのことだし、利益とか見返りは要らない」

 莇はなにを言っているのだろう。
 人間とは欲深いものだ。神社から青葉時雨を盗んだように。
 気に入らなければ無造作に捨て、墓を掘り起こすことさえ(いと)わない残虐な生き物。
 それが人間だと、そう思っていたのに。

「なんで……」
「なんで? そんなの、簡単なことだ」

 葵葉の混乱も、莇はたったのひと言で解決してしまう。

「おれは覡だから」

 力強く、揺るぎないまなざしで、そう断言する。

「あなたの命が脅かされているなら、おれはあなたを守るために刀をふるう。それが、覡であるおれの使命だ」

 葵葉は絶句する。
 けれど衝撃を受けたのはすこしのあいだだけで、莇の言葉はすとんと腑に落ちた。

 ──今度はあなたが、あるじさまを守ってくれませんか?

 あぁ、孤独や悲しみにとらわれて、忘れていたのかもしれない。
 だれかを守りたいという、純粋な気持ちを。

「あなたの前世になにがあったのか、おれは知らないけれど──」

 ──ぱんっ!

 顔に衝撃を感じ、葵葉は思わず視線をあげる。
 葵葉の両ほほを打った手のひらもそのままに、莇は葵葉を捉えて離さない。
 そのまなざしから、目が離せない。

「しっかりしろ! いまのあなたは青葉時雨じゃない、縁代葵葉だ! 過去のじぶんに負けるな、諦めるな!」
「っ……おれ、は……俺はっ……!」

 打たれたほほが痛い。けれど、まったく不快ではない。
 この痛みこそ、葵葉がたしかに、この世に存在しているあかしだから。

(そうだ、俺は)

 莇の手はふり払えない。そのわけを、葵葉はようやく理解した。

(俺は、必要とされたかったんだ)

 ここにいてもいいのだと、言ってほしかった。
 手をとって、情けない葵葉を叱咤してくれる。
 本音でぶつかりあうことのできる存在が、ほしかった。
 それを──人の言葉では、友というのかもしれない。