御刀さまと花婿たち

『あるじさまは、わたしのすがたが見えているわけでも、声がきこえているわけでもありません』
『でも……さっき、しゃべりかけて』
『わたしのことを、物ではなく、ひとつの命としてたいせつにしてくださる。蘭雪公はそういう方なのです』

 無銘は言葉をうしなった。
 ひとつの命として、たいせつにする?
 鋼の塊でしかない刀を?
 そんな人間がいるものか。

『現にあるじさまは、あなたの御手入れをなさいました。終わらせることではなく、つないでゆくことをおえらびになったのです。なのに、折ってほしいなんて簡単に言わないで!』
『──っ!』

 雷に撃たれるとは、こんな感覚なのだろうか。

『無銘。あなたは、なんですか?』
『おれは……刀』
『そうです、あなたは刀です。思いだして。表面的な美しさだけが、刀の価値を決めるのではないでしょう』

 鼓御前の言葉を受け、無銘は反芻(はんすう)する。

(おれは、刀……)

 刀とは、鋭い刃を持つものだ。
 その斬れ味で、敵をねじ伏せるものだ。

『わたしは一度焼けてしまいました。ですから、あるじさまがおえらびになったあなたが、今度はわたしの代わりに、あるじさまを守ってくれませんか?』

 ……そうだ。そうだった。

(おれは……刀なんだ)

 こんな当たり前のことを、どうして忘れていたのだろう。

(おれは、刀だ!)

 そのことを思いだした夜。

「まっすぐな直刃。鏡のように澄んだ無地の地肌。よく鍛えられたんでしょうね。強靭な、よい刀です」

 無銘の刀身を見つめながら、蘭雪がつぶやく。

「『木の葉の泣き声が聞こえる』と、つづが言っているような気がしました。そして、そのさきにきみがいました」

 幼い付喪神のすがたをした無銘と、蘭雪の視線がまじわることはない。それでも。

「私といっしょに闘ってくれますか──青葉時雨(あおばしぐれ)

 青々としげった木の葉から、しずくがしたたるように。
 この涙を、悲しみに暮れる声を、聞き届けてくれるひとがいた。

 名もなき捨て刀(じぶん)が必要とされた夜のことを、何百年、何千年たとうと、青葉時雨は忘れることはないだろう。