御刀さまと花婿たち


  *  *  *


「反りの浅い直刃(すぐは)。長さは二尺ほど、打刀ですか。おや……地肌が無地ですね。これはめずらしい」

 蘭雪は捨てられていた刀を持ち帰ると、慣れた手つきで手入れをほどこした。
 手入れを終えると、顔全体を覆っていた竜の面をはずす。
 ともすれば女性のように柔和な顔立ちの美丈夫が、横たえた刀へほほ笑んだ。

「私はちょっと湯浴みをしてきます。その子をよろしくお願いしますね、つづ」
『はい、承知いたしました』

 濡れた甲冑を脱いだ蘭雪は、自身の愛刀を捨て刀のとなりに置くと、部屋を出ていった。

『はじめまして。わたしは鼓御前といいます』

 行儀よく座った少女が、にこにことあいさつをしてくる。
 だが捨て刀がうんともすんとも言わないのを見ると、くすりと笑みをこぼした。

『恥ずかしがらないで、出ていらっしゃい』

 しばらく沈黙が流れ。
 鼓御前の目の前に、幼い少年がすがたを現した。人の子でいえば、六、七歳ほどだろう。

『打たれて百年ほどかしら。かわいらしい付喪神さんですね』
『……あんたも、付喪神なの?』
『はい。といってもわたしは磨上げられたあとなので、むかしのことはよく思いだせませんが』
『すりあげられた……?』
『雷に撃たれて、刃が焼けてしまったんです。なので焦げたところを研いでいただいたら、すこしちいさくなってしまいました』

 鼓御前によると、いまは脇差だが、以前は太刀だった。
 蘭雪からそう伝え聞いたと。
 太刀であったときの(めい)は磨上げられたときに削られてしまったため、鼓御前に以前の記憶はほとんどないらしい。

『あなたは?』
『……(なまえ)は、ない。無銘(むめい)とでもよべばいい』
『どうして森のなかにいたの?』
『山賊にぬすまれて、すてられた。まえは神社にいたけど、刀匠(おや)はしらない』

 なにせ、付喪神として自我をもって間もない。
 おのれがいつ、だれに打たれたのかもわからない。
 ただひとつわかることがあるとすれば。
 生まれ故郷もわからないほど、何度も何度も捨てられてきたということだけだ。

『……おれは、おもしろくない刀なんだって』

 無銘はぽつりとこぼす。
 途切れ途切れの記憶のなか、人間のひとりがじぶんに対して言っていた言葉だ。

 刀の価値を決めるもののひとつが、刃文だ。
 刃文とは、刀身に浮びあがるもようのことである。
 刃文は鍛錬の仕方によって決まり、種類もさまざま。
 だが無地の着物より、花鳥風月といった四季彩(しきさい)ゆたかな華やかな反物のほうが、目を引くだろう。
 刀もそれとおなじ。刃文が直線的で、地鉄も変化に乏しい無地。
 そんな無銘のことを、だれも必要とはしなかった。

『あんた、あのにんげんと話ができるんだろ? それなら、おれのこと折るようにいってよ』

 じぶんはなぜ生まれたのか。
 必要とされないなら、存在する意味などないはずだ。
 だからはやく、終わりにしてほしかった。
 もう……疲れたのだ。

『──なんてことをいうんですかっ!』

 それなのに。
 無銘が望む『終わり』を、彼らは与えてはくれなかった。
 うつむく無銘のほほを、鼓御前が両手でつつみ込む。