御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 風が強く吹いている。
 がさがさと木々の枝葉がざわめく闇夜。
 少年たちは、禍々しい気をまとう異形と対峙していた。

(魚型の〝(ヤスミ)〟は、はじめて見るな)

 白く濁った目。
 うろこは闇にまぎれる黒と紫の斑もよう。
 体長は、ゆうに四メートルは超えている。
 鯉のようにも見えるが、尾びれが異様に長い。
 そして刃物のように鋭利なかがやきを放っている。
 先日の雀が可愛く見えるほど、巨大で殺意に満ちたあやかしだ。

(水場はこちらが圧倒的に不利だ。水中へ逃げられる前に、動きを止める!)

 チキリ。
 莇は〝(ヤスミ)〟から視線を逸らさないまま、短刀の鯉口を切る。

「『(ばく)』──!」

 すかさず抜刀。
 しかし莇が短刀を投げ放つよりさきに、〝(ヤスミ)〟がひれで激しく水面(みなも)を叩く。

 ──ばしゃあああっ!

「くっ……動きが速い!」

 打ちつける水しぶきを、袖でふせぐ。
 莇がひるんだ一瞬の隙に、〝(ヤスミ)〟はとぽんと水中へすがたを消した。

 莇はさっと周囲へ視線を走らせる。
 依然として、瘴気はただよったままだ。

「どこから攻撃が来るかわからない。気をつけろ」

 葵葉に警戒をうながす。
 じぶんはともかく、彼は丸腰なのだ。もし〝(ヤスミ)〟に狙われたら──

「……縁代?」

 返事が、ない。
 葵葉はそこにいる。岸辺にたたずんでいる。だが、様子がおかしい。

「……あめ……」

 水しぶきをまともにかぶったのか。
 葵葉は黒髪からポタポタとしずくをしたたらせながら、その場に立ち尽くしていた。

「冷たい、雨……」
「どうしたんだ」
「雨は、さむい……いやだ…………嫌だ嫌だ嫌だ! うぁあああッ!」
「縁代っ!」

 葵葉に莇の呼びかけは届いていない。
 突然髪をかき乱し、半狂乱になって絶叫をひびかせた。

(瘴気にあてられたのか!?)

 いや。初見で雀の〝(ヤスミ)〟を難なく滅した葵葉が、そう簡単に瘴気に取り込まれるとは思えない。だとすれば、べつの原因があるはず。

 すい──……

「っ! まずい!」

 水面がゆらめく。
 巨大な魚影が滝壺をのぼるさまを目の当たりにし、莇は血の気が引くのを感じた。

 ──ざばぁあんっ!

 滝の激しい水流を突き破り、〝(ヤスミ)〟がすがたを現す。
 巨大な魚型の影が、岸辺にうずくまる葵葉を覆った。

「させるか!」

 莇は夢中で短刀を投げ放つ。
 キンッ!
 火花が散り、〝(ヤスミ)〟がくりだした尾びれの攻撃ははじくことができた。が。

 ざぁあああ……

 雨の矢のごとく容赦なく打ちつける水しぶきに、葵葉が呆然と呼吸を止めた。

「あ……」

 ヒュンッ、ヒュルンッ。

 長い尾びれが、葵葉のからだにまとわりつく。
 それは、一瞬の出来事だった。

「──縁代ッ!!」

 莇がのばした手は、届かない。
 ざあざあと水が打ちつける滝壺に、葵葉は引きずり込まれていった。