御刀さまと花婿たち

「鼓御前さまを独り占めするから、嫌いだ。わがままで自分勝手で、嫌いだ。ずっとそばにいたくせに、あの方を困らせてばかりいる……ずっとそばにいたのなら、どうしてあの方のお気持ちをだいじにしてさしあげられない!?」
「こいつ……っ!」

 気づいたときには葵葉に詰め寄り、胸ぐらをつかんでいた。
 葵葉の言うとおりだ。
 莇は優等生(よいこ)だった。
 ──だからこそ、魂がふるえるほど激昂するのは、生まれてはじめてだった。

「おれのほうが、ずっとあの方をたいせつに想ってきた。どんなにつらいことも、あの方を想えば乗り越えることができた。それなのに、どうしてあなたなんだ……『そこ』にいるのがおれじゃないんだ! 身勝手なあなたなんかより、おれのほうがずっと鼓御前さまをだいじにしてさしあげられるのに!」

 ひがみ? ちがう。
 これはそんな生半可な感情じゃない。
 ──嫉妬だ。
 莇は葵葉に嫉妬していた。
 からだじゅうが怒りに燃えて、どうしようもないほどに。

「『選ばれた』ならあがけよ! なんで投げだすんだよ! 『選ばれなかった』おれが、みじめじゃないか!」

 頭に血がのぼって仕方ない。
 目頭まで熱くなって、もうなにがなんだか。
 それでも莇は、引き下がらなかった。
 みっともなくても、本心をぶつけたかったから。

「あなたが歩み寄ろうとしないかぎり、だれもあなたに歩み寄ってはくれないよ」
「──!」

 絞りだすような莇の言葉に、葵葉が常磐色の瞳を見ひらく。

「おれは、あなたから鼓御前さまを奪ったりなんかしない。独りが嫌なら、簡単なことだ。あなたもこっちに来ればいい」
「そんなこと、言われたって……いまさら、どんな顔して……」
「ごちゃごちゃ悩むひまがあるなら、一歩ふみだしてみればいい。歩み寄るひとを、けっして拒んだりしない。鼓御前さまはそういう方だろう」

 胸ぐらをつかんでいた莇の手は、いつしか葵葉の手首をにぎっていた。

「おれはあなたのことが嫌いだけど、ほんっとうに嫌いだけど、悲しい思いとか苦しい思いをしてほしいわけじゃないから」
「っ……!」

 葵葉はうつむく。
 その肩は小刻みにふるえていた。

「……おまえは……お人好しだな……」

 憎まれ口を叩く葵葉だけれども、さきほどまでの威勢はない。

「なんとでも」

 言いたいことは、すべて言った。
 まだちょっと目頭のあたりが熱かったが、莇はつんとあごをあげて知らんぷりをする。
 ぐっと腕を引けば、葵葉が立ちあがった。

「さっさと寮にもどって、反省文を書いてもらうからな」
「めんどくせー……」
「自業自得だ」

 葵葉はもう、莇を振りはらうことはしなかった。
 ふたりは軽口を叩きながら、下流に向かって歩きだす。

 ざぶ──……

 ふと、莇は妙な水音を耳にした。
 夜道を先導していた鬼火が、突然かき消える。

「なんだ……?」

 葵葉が警戒のまなざしを周囲に向けるころ。
 莇ははじかれたように、葵葉の肩を突き飛ばしていた。

「──避けろっ!」
「なっ……!」

 ──ヴンッ!

 莇と葵葉のあいだを、突風が吹き抜ける。

「くっ……!」

 莇は身をよじるようにして、大きく崩れた体勢を即座に立て直す。 
 ちらりと視線を向ければ、すぐ足もとの地面が深く抉られていた。
 すんでのところでかわすことができなければ、莇はいまごろ八つ裂きになっていた。

(空間を薙ぎ、地面を深く抉る『なにか』──)

 山に住む動物のしわざではないだろう。
 なにより、つい先ほどまで感じられなかった瘴気が、不気味に渦巻いているのを感じる。

 ざばぁんっ!

 突如巨大な水柱があがり、冷たいしぶきが雨のように降りそそぐ。
 莇は腰帯に提げた短刀に手をかけ、身がまえた。
 やがて、『それ』はすがたを現す。

「……〝(ヤスミ)〟」

 滝壺のなかから現れたのは、(くじら)よりも大きな魚型(うおがた)の異形であった。