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雲が月を覆いかくす夜のことだった。
白衣の袖と浅葱の裾をはためかせながら、莇は暗い森のなかを駆けていた。
木々が生い茂る森に、鈴蘭型のガス灯のあかりは届かない。
しかし颯爽と駆け抜ける莇の視界は、赤い火の玉のようなものによって照らされていた。
古くから鬼塚家が使役する式神、鬼火である。
「どこにいるんだ……!」
葵葉のすがたが見えないことにいち早く気づいた莇は、すぐさま千菊に連絡をとり、その許可を得て捜索に向かった。
『暮れの鐘』が鳴る午後八時以降、兎鞠島の住民は外出が許されない。
陰の気が色濃くなる夜間は、〝慰〟と遭遇する可能性が高まるためだ。
例外として三級以上の覡は外出を認められるが、神官装束をまとうこと、帯刀を義務づけられる。
(寮や校舎のまわりはさがした。裏山にいなければ、海辺のほうか……)
あまり遠くへ行っていなければよいのだが。
なんにせよ、夜が深まるほどに危険性は増す。
時間はかけられない。
莇ははやる気持ちをおさえながらも、冷静に周囲へ視線をめぐらせる。
(……あれは!)
山道を流れる清流に沿って森の奥へ奥へと突き進んでいた莇は、その上流で足を止める。
拓けた景色。
滝壺が勢いよく水しぶきを立てるそばの岸辺に、人影を見つけた。
「……行け」
莇はすぐさまふところから紙人形を取りだすと、ふっ……と息を吹きかける。
紙人形は折り鶴へとすがたを変え、夜空の向こうへ飛んでいった。
ざっ、ざっ。
草履で草をふみしめながら、莇は岸辺に座り込んだ少年──葵葉へ歩み寄る。
「こんなところにいたんですか。門限はとうに過ぎていますよ。寮におもどりください」
厳しく叱責したわけでも、深く追及したわけでもない。
だがなにが気に食わなかったのか。ひどく憎らしげに顔をゆがめた葵葉は、莇からふいと顔を逸らした。
「はいはい。わざわざご苦労でしたね、優等生クン」
「……縁代さん」
「おまえがいるのに、もどるわけないだろ」
吐き捨てる葵葉。つまりは、莇に対して腹を立てているということだろう。
(こういった反応には、慣れている)
葵葉の敵意を前にして、莇はふと、過去に思いをはせた。



