御刀さまと花婿たち

 稽古場の一画に、緋毛氈(ひもうせん)が敷かれている。
 鮮やかな緋色の絨毯の上で、莇は正座をしていた。

「がんばってお手伝いさせていただきます。よろしくお願いしますね、莇さん」
「……よろしくお願い、いたします」

 向かいでは、ちょこんと座った鼓御前が、にこにこと笑みを浮かべている。
 純真で癒やされる笑みだ。
 だが莇の心情はおだやかではなかった。
 なぜなら。

「よく聞け小僧、僕がいいと言うまで一言も発するな。手前(てめえ)の唾で御刀さまが汚れる危険性があるからな。失敗も許さない。ちょっとでも仕損じたそのときは、くびり殺してやる……」

 莇の背後には、桐弥がいた。
 肩に手を置き、耳もとで流暢に毒を吐いている。
 もはや脅迫である。

「ねぇ立花センセ」
「なんでしょう?」
「『はじめての御手入れ』で、九条ちゃんが指導者っていうのは、レベル高すぎない?」
「莇さんは基本がしっかりできています。大丈夫ですよ」
「容赦ないスパルタね……」

 さらっと言ってのける千菊に、虎尾は苦笑した。
 にこやかに無理難題を突きつけるさまこそ、千菊が『鬼神』と恐れられるゆえんである。

「なぁ俺聞いたんだけどさ。立花先生は『鳴神将軍』の生まれ変わりで、九条先輩も鼓御前さまを打った刀匠なんだってな」
「らしいな。つまり委員長は、鼓御前さまの元主と生みの親に囲まれてるってことになる」
「公開処刑じゃん……」
「それな」

 千菊らが査問会議で『典薬寮』の重鎮を言葉でねじ伏せた件は、周知の事実だ。
 信じがたいものの、歴史に名や名刀をのこした偉人の魂を継いでいるなら、それも納得であった。
 結論。少年らは考えることを放棄した。

「……どいつもこいつも、俺のことのけ者にしやがって」

 だれもが固唾をのんで状況を見守るなか、葵葉が舌打ちをもらす。

「……感情を乱すな」

 莇はひとつ深呼吸をし、居住まいをただす。
 次いで鼓御前に向かって深々と一礼後、その口に和紙をくわえた。
 万が一刀に唾が飛ぶと、錆の原因になる。
 和紙をくわえるのは、手入れのさいに口をひらいたりくしゃみをしたりして御刀さまを汚さないようにするための、最低限の礼儀である。

「それでは、まいりますね」

 にこりと鼓御前がほほ笑んだ直後、ふっ……と少女のすがたが消える。
 莇の目前に、白鞘におさまったひと振りの脇差が現れた。

「あれが、鼓御前さまの御神体……」

(ヤスミ)〟を滅するためには、祝詞を受けて、覡の霊力を刀身にまとう必要がある。
 だが今回のように刀のすがたにもどるだけであれば、特別な手順は必要ない。