御刀さまと花婿たち

 花香る卯月の朝。
 兎鞠(とまり)神社の敷地内にある平屋の一軒家を、桐弥(きりや)はおとずれていた。
 かこん。
 規則正しい鹿威(ししおど)しの音が、庭のほうからきこえてくる。
 ほどよい静けさにつつまれた居間。
 湯呑みを手にして、どれくらいたったろうか。

「お待たせいたしました」

 す……と障子がひらいて、鼓御前(つづみごぜん)が居間に入ってくる。
 桐弥と目があうと、そのほほにぽっと朱が灯る。

「その……いかがでしょうか? (とと)さま」

 もじもじと恥ずかしそうにしている娘を、桐弥は座布団に腰を落ち着けたまま、じっと見上げた。
 鼓御前は白のセーラーに、緋色のプリーツスカートを身につけていた。
 これ自体ははじめて目にするものではない。

 前回と大きく異なる点は、プリーツスカートが膝下のロング丈になっていること。
 黒タイツが依然として採用されている点も評価できる。
 丈が短ろうが長かろうが、どこの馬とも知れん野郎どもにかわいい娘の素足を見せる義理は皆無だからだ。

「悪くない」
「ちょっとー、『かわいい』って素直にほめてあげたらどうなのー?」

 桐弥は湯呑みに口をつけようとして、ぐっと眉根を寄せる。

「……またあんたか」
「『なんでいるんだコイツ』みたいな言い方やめてちょうだいねぇ。つづちゃんの衣装係のアタシがいるのは、当たり前よ」

 やはりというか、鼓御前に続けて居間にやってきたのは、虎尾(とらお)だった。
 正直のところ、桐弥は虎尾が苦手だ。わが道をゆき、『沈黙の九条(くじょう)』と恐れられる桐弥が、唯一ペースを乱される相手。
「担任のセンセーだもの」と虎尾はうそぶくが、それにしたって、虎尾はやたらとかまってくる気がする。
 それはなぜなのか、桐弥はいまだに理解できない。

 ……が、「素直にほめたらどうか」という虎尾の言い分ももっともだ。
 桐弥はしばし思考をめぐらせる。
 そして「ほめ言葉」に分類されているであろう語彙を、引っぱりだしてみた。

「……似合っている」
「あらあら、それだけ?」
「……変なやからにつれて行かれないか、心配だ」
「んま! 明日は雪でもふるのかしらねぇ」
「おい」

 ほめたらほめたでこれだ。()せない。
 仏頂面で茶をすする桐弥ではあるが、それを目にした鼓御前は、にっこりとはにかむ。

「父さまにほめていただけました。うれしいです」

 いじらしい蕾が、ほころんだような笑みだった。
 目の前の存在が、愛おしい。だいじにしたいと、桐弥は思う。

(この子は娘で、僕は親。いまもむかしも、それは変わらない)

 この胸の愛情は、純粋な親心からくるものだ。それなのに。

(あの竜面小僧がじじいどもを焚きつけたせいで、面倒なことになった)

 ──私たち三名のなかから、御刀(おかたな)さまがお付きの(かんなぎ)をおえらびになります。
 ──異論は、ございませんね?

 査問会議がおこなわれた夜。
典薬寮(てんやくりょう)』の重鎮たちも、まさか糾弾する対象から脅されるなどとは思いもしなかっただろう。

(あれは、腹の内が読めん男だ)

 千菊(ちあき)の思惑に加担したのは、結果的にそうなっただけだ。

(妙な真似をすれば、あのハナタレ小僧よりもさきにくびり殺してやる)

 桐弥にとって、鼓御前(むすめ)は絶対的な存在。
 あだなす者はことごとく敵。
 即刻葬り去る。
 単純明快な行動原理だ。

(はな)ちゃんおねぇさま、父さまはどうなされたのでしょうか? すごく……こわい顔をしていらっしゃいます」
「親バカこじらせてんじゃない?」

 桐弥が黙り込んだかと思えば鬼の形相をしているので、鼓御前は困惑。
 虎尾は「やれやれだわ」と肩をすくめるのだった。