御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 夕陽がかたむき、海辺の町並みに影を伸ばす。

「……ん」

 まぶたの裏にまぶしさを感じた鼓御前は、そっと瞳をひらく。
 いまとなっては見慣れた木目の天井が、茜色をおびて視界に映り込んだ。

「わたし、また気を失ったのね……」

 例によって、上等な羽毛布団に横たえられていたのだ。
 服装も、セーラー服から寝間着へ着替えさせられている。
 これが苦笑せずにいられるだろうか。

 もぞもぞと布団から起き上がったところで、ツキンとこめかみのあたりが痛む。
 からだを折った拍子に、鼓御前のひたいにのせられていた濡れた手ぬぐいがすべり落ちる。

「人の身とは、こんなにか弱いものなのですね……」

 頭が痛い、手足がだるい。
 そのような感覚は、ただの鋼の塊でしかなかった鼓御前にとって縁のないものであった。

「目を覚まされたのですね……御刀さま!」

 鼓御前が布団から抜けだせずにいると、少女の声が耳に届く。
 世話役のひなの声だ。
 見れば水を張った桶をかかえている。
 鼓御前の手ぬぐいを替えにきたのだろう。

「まぁ、ひなさん。ご心配をおかけしました。わたしは大丈夫で──ひなさんっ!?」

 いつものようにほほ笑み返そうとした鼓御前は、ぎょっとする。
 なぜなら駆け寄ってきたひなが、桶を放りだす勢いで土下座をくりだしてきたためだ。

「申し訳ございません、申し訳ございません!」

 鼓御前は飛びあがった。

「あのっ、どういうことですか? よくわかりませんがその、とりあえずお顔をあげてください、ひなさん!」

 畳にひたいをこすりつけるひなを、慌てて抱き起こしにかかる。

(こういうとき、どうすればいいのかしら……そうだわ!)

 鼓御前は昨晩のことを思いだす。
 不安で眠れないでいると、桐弥が頭をなでたり、背を軽く叩いてくれたりした。
 そのおかげでひどく安心したことを覚えている。

「大丈夫ですから、落ち着いてお話をしていただけますか? ね?」
「はいぃ……」

 見よう見まねで鼓御前が頭をなでたり背をぽんぽんと叩くと、ひなも落ち着いたのか。
 ずず、と鼻をすすりながらからだを畳から起こした。
 それからふと、物哀しそうに視線を伏せる。

「当家の者が多大なるご迷惑をおかけしましたこと、深くおわび申しあげます」
「と、言いますと……?」
「鼓御前さまがお見舞いに行ってくださった彼……莇は、私の弟なのです」
「弟……ひなさんは、莇さんのお姉さまだったのですか……!?」

 思ってもみない告白に、鼓御前は驚愕する。

「私と莇は、みっつ歳が離れておりまして……とはいえ、早いうちにあの子は分家へ養子にだされたため、姉らしいことはなにひとつしてあげられておりません」
「ぶんけ……ようし?」

 聞き慣れない言葉だ。
 人のいとなみに疎い鼓御前であれば、それも仕方のないことであった。

「養子っていうのは、生まれたおうちとはべつのおうちのこどもになること。それで分家は、彼の親戚の家系にあたるから、つまりは親戚のおうちのこどもとして引き取られたって話ね」
「そうなのですね、なるほど…………うんっ?」

 うっかりうなずきかけた鼓御前だったが、はて、と首をかしげる。
 鼓御前の疑問に答えたのは、ひなではない。
 ごく自然に会話に参加した声は、鼓御前やひなよりも低いもの──そう、男のもので。