御刀さまと花婿たち

「ねぇ、姉さま」
「なんですか?」
「よりしろ──縁代葵葉(よりしろあおば)。それが、いまの俺の名前。ちゃんと覚えて……ね?」

 縁代葵葉。
 ゆるく弧を描いたくちびるにつられ、鼓御前もその名をそっと舌先で転がす。
 とたん、目には見えない糸のような『なにか』が、たちまちにじぶんと彼をつなぐ感覚にみまわれる。

「なんということを!」

 ぼうっと夢見心地の鼓御前の意識を、少女の金切り声が引き裂いた。
 はっとしてふり返ったなら、縁側にたたずんだひなが、赤と青にめまぐるしく顔色を変えるところだった。

「あなた、神社の者が奥の間にとじ込めたはずなのに、どうやって抜けだして……いいえ、それより御刀さまに名を明かすだなんて! 命知らずにもほどがあります!」
「知ってるさ。神に真名(まな)をにぎられることのリスクくらい」

 なんたって俺も、神だったんだからな──青葉、いや葵葉の言葉は、そう続いたはずだ。

「で、それが? おまえらとなんの関係がある?」

 ひなを一瞥(いちべつ)した常磐色の瞳は冷たい。
 鼓御前に向けられたまなざしとは、まるで別物だった。

「俺の姉さまだ。俺たちの邪魔はゆるさない」

 そうだった。
『青葉時雨』は、並の武者ならほとんどが扱いづらさを感じ、あるじをえらぶ刀だった。
 鼓御前はそう思いだすとともに、苦笑する。

「なんですって……御刀さまの、弟?」
「えぇ。話すと長くなるのですが、この子はわたしの弟で間違いありませんよ、ひなさん」

 葵葉が手負いの獣のごとくひなを威嚇するので、鼓御前は背をさすってなだめてやる。
 すると葵葉は、ふと鼓御前を見つめた。

「姉さまはなんで慌ててたんだ? こいつから逃げていたのか? ……なにされたんだ?」

 最後に発されたひと言の、低いこと低いこと。
 葵葉が怒っている。
 そりゃもう、ものすごく。