御刀さまと花婿たち

「きらいに、なられましたか? 無知ゆえのご無礼をおゆるしくださいませ、父さま……」

 うるうる、と見上げられた桐弥は、今度はべつの意味で頭をかかえる。

「……ばかを言え。おまえは僕の(むすめ)だ。子をきらう親があるか」

 おのれにとって唯一。
 特別な存在(かぞく)になら、たまにはおしゃべりになるのも一興だろう。
 これから話すのは、どこにでもあるような寝物語だ。

「九条紫榮は、もういない」
「それはもう、刀をお打ちにならない、ということですか?」
「そうだ。……そもそも僕は、いくさへ行かせるために、(こども)(つく)ったんじゃない」

 まつげを伏せた桐弥は、鼓御前のほほにかかる黒の艶髪を指先で耳裏へ流した。

「箱入り(むすめ)のまま、手放すつもりはなかった……なのにおまえは、ある日突然かどわかされたんだ。磨上げられてしまったおまえは、おぼえていないことだろうがな、天鼓」

 おのれはかつて、『天鼓丸』という名だった。
 何者かにかどわかされ、磨上げられ、刻まれたその銘をも削られてしまった鼓御前にとって、よく思いだせないおぼろげな記憶。

 犯人は蘭雪公ではない。
 紫榮が生きていたのは平安の世であり、『鼓御前』のあるじは戦国時代に名をはせた猛将だからだ。

「そしていま、強欲なやからが、懲りずにおまえを我がものにしようとたくらんでいる」
「それは……葵葉のことですか?」
「あの青二才だけで済む話であるものか。立場をわきまえん小僧どもが、また僕からおまえを奪おうとしている。考えただけで虫唾が走る」

 蝶よ花よと愛でていたくせに、あっけなく奪われてしまった滑稽な話。
 これはそう、どこにでもいるようなばかな男の物語。
 だが。

「くり返さない」

 ばかげたおとぎ話も、ここまでだ。

「やってやるさ。僕のものを取りもどすためなら、なんだってね」
「父さま……」

 するり。
 鼓御前のほほをなでた桐弥が、ふいに腰をかがめ、ひたいへくちびるを押し当てた。

「よそ見をするな。思いだせ。おまえは僕のものだ。在るべきところにもどってこい」

 くちびるとくちびるをあわせることは、『好き合う者どうしのする行為』である。
 それならば桐弥の行動は、この行為には、なんの意味があるのだろう。

(……わからないわ)

 けれど不快ではない。むしろ──

「おまえは僕のものだ、天鼓丸──(てん)

 うわ言のようにくり返す桐弥に痛いほど抱きしめられ、いつしか布団のなかで密着する。
 とくとくと桐弥の胸もとからきこえる心音はすこし駆け足だけれど、不思議と心地よい。

「……『天』は、あなたさまだけのものですわ、父さま」

 無意識のうちに鼓御前が言葉をもらすと、からだを絡めとった腕が、ふっと弛緩する。

「……僕が、守る」

 そのつぶやきを最後にして、沈黙する桐弥。
 動くもののない月夜は相変わらず静かだったけれど、もう心細くはなかった。
 だって鼓御前は、もう独りではないのだから。

「だいすきです、父さま」

 髪を梳かれるくすぐったさに目を細め、鼓御前は桐弥の胸へすり寄る。
 規則正しい心音を間近に感じるうちに、ふわふわとした不思議な感覚になる。

「……すぅ」

 ぬくもりにつつまれた鼓御前は、やがて、はるか夢路の彼方へと旅立っていった。