じんわりと潤む鼓御前の瞳を目にしたとたん、やかましかった桐弥の鼓動が凪ぐ。
思考を鈍らせていた霧が、晴れるようだ。
──この子はただ、だれかにそばにいてほしかっただけなのだ。
思えば当然のことだった。
こんなことすらわからずに、と桐弥は胸中で自嘲する。
「子守りは得意じゃない」
「え……」
「……べつに邪険にしているわけではなく、おまえが望むようなことは、してやれないかもしれないという意味だ」
前世でも人付き合いは不得手だった。
どうにもじぶんは、言わんでもいいことまで言ってしまう性分らしい。
他人のこころがわからなかった。
必然として『九条紫榮』は妻をむかえることはなく、子ももうけなかった。だが。
「いいんです。わたしは、父さまがいらっしゃるだけで、いいんです。だって……ひとりのときよりずっと、あたたかいですもの」
ふれることを躊躇していた桐弥の右手の甲に、華奢な指がふれる。
かと思えば、鼓御前がぐっと上体を起こす。
「……んっ」
吐息が、桐弥のくちびるにふれる。
やわらかいぬくもりだった。
花の甘い香りに、鼻腔をくすぐられたような錯覚さえおぼえる。
なにが起きたのか瞬時に理解できなかった桐弥は、しばし呼吸の方法を失念した。
「ととさま……ん」
首に細腕がまわされ、甘えた声のあいまに、ちう、ちうと小鳥がついばむようなふれあいをくちびるに感じる。
桐弥はしばし思考した。
口づけをされている。
だれに? 鼓御前に。
「なにをしているっ!」
とたん、声を荒らげて引き剥がしにかかった桐弥の剣幕に、鼓御前はわしづかまれた肩をびくつかせる。
「あっ……口づけは、だいすきなかぞくとするものだときいたので、つい……」
「は?」
「あぁでも、葵葉以外とはしないって約束、やぶってしまいました……どうしましょう……わたしはいけない姉だわ。でもでも、父さまもわたしのだいじなかぞくですし……」
「あのくそ餓鬼が……」
軽くと言わず殺意がわいた。
が、涙目でふるえる鼓御前を放りだしてまで、することではない。
くびり殺すのはつぎに会ったときだ、と桐弥は結論づける。
「よくきけ。おまえはうそを教えられた。『それ』は、家族とすることじゃない」
「えぇっ……うそ、だったのですか……!」
「好き合う者どうしがすることではあるが、むやみやたらと、人目もはばからずすることではない。慎みをもて」
「承知いたしました、肝に銘じます。葵葉には、うそをついたお説教をしますね……!」
「わかったならいい。もどれ」
「はい!」
これでひとまずは安心か。
桐弥がため息まじりに布団を指させば、元気に答えた鼓御前がもとの位置にもどり、掛け布団をかぶる。
それからふと、ばつが悪そうに眉を下げた。
思考を鈍らせていた霧が、晴れるようだ。
──この子はただ、だれかにそばにいてほしかっただけなのだ。
思えば当然のことだった。
こんなことすらわからずに、と桐弥は胸中で自嘲する。
「子守りは得意じゃない」
「え……」
「……べつに邪険にしているわけではなく、おまえが望むようなことは、してやれないかもしれないという意味だ」
前世でも人付き合いは不得手だった。
どうにもじぶんは、言わんでもいいことまで言ってしまう性分らしい。
他人のこころがわからなかった。
必然として『九条紫榮』は妻をむかえることはなく、子ももうけなかった。だが。
「いいんです。わたしは、父さまがいらっしゃるだけで、いいんです。だって……ひとりのときよりずっと、あたたかいですもの」
ふれることを躊躇していた桐弥の右手の甲に、華奢な指がふれる。
かと思えば、鼓御前がぐっと上体を起こす。
「……んっ」
吐息が、桐弥のくちびるにふれる。
やわらかいぬくもりだった。
花の甘い香りに、鼻腔をくすぐられたような錯覚さえおぼえる。
なにが起きたのか瞬時に理解できなかった桐弥は、しばし呼吸の方法を失念した。
「ととさま……ん」
首に細腕がまわされ、甘えた声のあいまに、ちう、ちうと小鳥がついばむようなふれあいをくちびるに感じる。
桐弥はしばし思考した。
口づけをされている。
だれに? 鼓御前に。
「なにをしているっ!」
とたん、声を荒らげて引き剥がしにかかった桐弥の剣幕に、鼓御前はわしづかまれた肩をびくつかせる。
「あっ……口づけは、だいすきなかぞくとするものだときいたので、つい……」
「は?」
「あぁでも、葵葉以外とはしないって約束、やぶってしまいました……どうしましょう……わたしはいけない姉だわ。でもでも、父さまもわたしのだいじなかぞくですし……」
「あのくそ餓鬼が……」
軽くと言わず殺意がわいた。
が、涙目でふるえる鼓御前を放りだしてまで、することではない。
くびり殺すのはつぎに会ったときだ、と桐弥は結論づける。
「よくきけ。おまえはうそを教えられた。『それ』は、家族とすることじゃない」
「えぇっ……うそ、だったのですか……!」
「好き合う者どうしがすることではあるが、むやみやたらと、人目もはばからずすることではない。慎みをもて」
「承知いたしました、肝に銘じます。葵葉には、うそをついたお説教をしますね……!」
「わかったならいい。もどれ」
「はい!」
これでひとまずは安心か。
桐弥がため息まじりに布団を指させば、元気に答えた鼓御前がもとの位置にもどり、掛け布団をかぶる。
それからふと、ばつが悪そうに眉を下げた。



