御刀さまと花婿たち

「……姉さま?」
「えっ?」

 人は急には止まれない。
 人の身に慣れていない鼓御前なら、なおさら。

「わぁあごめんなさい、よけてくださぁいっ!」

 鼓御前はなすすべもなく、迫りくる衝撃を覚悟した。
 しかし。

「姉さまは元気だな」

 ふわり。
 浮いたような感覚がある。
 次いで、鼓御前の頭上からくすりと笑い声がきこえた。
 宙に投げだしたはずのからだが、抱きとめられていた。
 鼓御前を抱きとめたのは、頭ひとつ分は背丈のちがう黒髪の少年だった。

(彼は、蔵にいた……)

 間違いない。
『鼓御前の御神体』を蔵から持ちだそうとして、神社の男衆に取り押さえられていた少年だ。

(わたしを、姉と呼んでいる……?)

 鼓御前は、刀だ。
 (なが)い年月をへて物に魂がやどった、付喪神(つくもがみ)なのだ。
 少女の外見は仮のすがたであって、本来は鋼の塊。
 少年のような人間と、血のつながりなどあるはずもない。

「……俺のことがわからないのか? ずっといっしょにいたじゃないか、姉さま……」

 知っているはずなど、なかったのに。
 少年が常磐(ときわ)色の瞳──木もれ陽のようなそのまなざしに(かげ)りをみせたとき、鼓御前の脳裏に記憶がよみがえる。

「木もれ陽、木の葉……おまえはもしや、あおばですか? ともにいくさ場をかけ抜けた、青葉時雨(あおばしぐれ)ですか……!?」
「あぁそうさ! こんなすがたになってしまったけど、俺もかつては刀だった……あなたの弟、青葉なんだ!」

 少年は常磐色の瞳を、歓喜に潤ませる。
 その熱い抱擁を、鼓御前は拒否などできるはずもなかった。

「あるじさまは? わたしたちのあるじさまは、どうなされたの?」
「……知らない」
「知らない……?」
「姉さまとも、あるじともはなればなれになってから、なにも知らない。刀の俺は、折れてしまったから」
「なんてこと……」

 刀にとって『折れる』とは、人でいう死に相当する。

「だけど、付喪神としての記憶と魂までは消滅しなかった。輪廻(りんね)の果てに、人の身に生まれ変わったんだ」
「そうだったのですね……わたしが不在のあいだ、たいへんな思いをしたことでしょう」

 鼓御前はそっと伸ばした手で、青葉のほほをつつみ込む。
 青葉のほほには、すり傷や打撲の痕があった。
 蔵での騒動でこさえたものだろう。

「ううん、こんなのどうってことない。俺には姉さまがいてくれたら、それでいいんだ」
「青葉……!」

 なんと一途で、健気な子だろうか。
 感極まった鼓御前は両腕を伸ばし、弟の頭をかかえ込むように胸へ引き寄せる。

「いいこ、いいこ……」

 そうして細い指先で黒髪を梳いているうちに、青葉も甘えるような声をもらす。