「今日というこの日にお会いできましたこと、こころよりお喜び申しあげます、御刀さま」
逢魔が時。
黄昏とともにやってきた人影へ対し、座布団に胡座をかいた葵葉がちいさく舌打ちをもらす。
他方で竜頭の面をつけた青年はとくに不快に思うでもなく、真白い足袋で颯爽と畳のふちをまたいだ。
「ごあいさつが遅れましたね、私は──」
「いまさら白々しい口上はよせよ」
流れる所作でひざを折った青年ではあるが、葵葉に語尾をさえぎられ、一瞬の沈黙。
そう、名乗られるまでもない。
名を聞かずとも青年がいったい誰なのか、葵葉と同様に鼓御前も悟っていた。
そして桐弥もまた、とたんに刀の視線を奪った青年の存在を、紫水晶の瞳で細く切り取る。
「……お顔を、拝見しても?」
確信を胸に問うた鼓御前の目前で、ひざをついた青年が、素顔を隠すものへ手をかける。
後頭でむすばれていた紐がするりとほどかれ、白橡の髪に、透きとおる青玉の瞳があらわとなる。
物々しい竜頭の面を音もなく畳へ置いた青年は、柔和な顔立ちの美丈夫であった。
「わたしがかつてお仕えしていたあるじさまも、草花を愛し、花のごとくほほ笑まれるお方でした。ですが同時に、戦乱の世を駆けるつわもの。いくさへ赴かれる際、公はいつも恐ろしい竜の面で、お美しい素顔をおかくしになっておいででした」
敵に侮られてはならぬと。
一騎当千の猛者が、憤怒の表情で睨みつける竜の面をつけ、戦場で猛威をふるうと、どうなるか。
──鳴神将軍。
かの人在るところ、竜の怒り在り。
敵も味方も、彼を知るすべての武者が、畏れ、称えた。
「そうでございましょう……蘭雪公?」
何百年もの月日が流れ、かつてとはすがたかたちが変わってしまっているかもしれない。
けれど輪廻転生をへたとしても、その魂を、見まごうはずがない。
ため息のような鼓御前の問いを受けた美青年が、まなじりを下げ、かたちのいいくちびるをほころばせた。
「ばれてしまいましたか」
「当然ですわ。敬愛申しあげるあなたさまを、見まごうはずがありませんもの……!」
鼓御前は右手をさまよわせながら、感極まって両の目から熱をあふれさせる。
「蘭雪さま……あるじさま、あるじさま……っ!」
「おっと」
泣きくずれる華奢な少女のからだを、青年のしなやかな腕が抱きとめた。
「あなたさまの鼓御前でございます、あるじさま……!」
はらはら。
とめどない涙でほほを濡らしながら、鼓御前は夢中でくり返す。
そっと抱き返してくれる青年が、たちまちに、世界の中心となった。
逢魔が時。
黄昏とともにやってきた人影へ対し、座布団に胡座をかいた葵葉がちいさく舌打ちをもらす。
他方で竜頭の面をつけた青年はとくに不快に思うでもなく、真白い足袋で颯爽と畳のふちをまたいだ。
「ごあいさつが遅れましたね、私は──」
「いまさら白々しい口上はよせよ」
流れる所作でひざを折った青年ではあるが、葵葉に語尾をさえぎられ、一瞬の沈黙。
そう、名乗られるまでもない。
名を聞かずとも青年がいったい誰なのか、葵葉と同様に鼓御前も悟っていた。
そして桐弥もまた、とたんに刀の視線を奪った青年の存在を、紫水晶の瞳で細く切り取る。
「……お顔を、拝見しても?」
確信を胸に問うた鼓御前の目前で、ひざをついた青年が、素顔を隠すものへ手をかける。
後頭でむすばれていた紐がするりとほどかれ、白橡の髪に、透きとおる青玉の瞳があらわとなる。
物々しい竜頭の面を音もなく畳へ置いた青年は、柔和な顔立ちの美丈夫であった。
「わたしがかつてお仕えしていたあるじさまも、草花を愛し、花のごとくほほ笑まれるお方でした。ですが同時に、戦乱の世を駆けるつわもの。いくさへ赴かれる際、公はいつも恐ろしい竜の面で、お美しい素顔をおかくしになっておいででした」
敵に侮られてはならぬと。
一騎当千の猛者が、憤怒の表情で睨みつける竜の面をつけ、戦場で猛威をふるうと、どうなるか。
──鳴神将軍。
かの人在るところ、竜の怒り在り。
敵も味方も、彼を知るすべての武者が、畏れ、称えた。
「そうでございましょう……蘭雪公?」
何百年もの月日が流れ、かつてとはすがたかたちが変わってしまっているかもしれない。
けれど輪廻転生をへたとしても、その魂を、見まごうはずがない。
ため息のような鼓御前の問いを受けた美青年が、まなじりを下げ、かたちのいいくちびるをほころばせた。
「ばれてしまいましたか」
「当然ですわ。敬愛申しあげるあなたさまを、見まごうはずがありませんもの……!」
鼓御前は右手をさまよわせながら、感極まって両の目から熱をあふれさせる。
「蘭雪さま……あるじさま、あるじさま……っ!」
「おっと」
泣きくずれる華奢な少女のからだを、青年のしなやかな腕が抱きとめた。
「あなたさまの鼓御前でございます、あるじさま……!」
はらはら。
とめどない涙でほほを濡らしながら、鼓御前は夢中でくり返す。
そっと抱き返してくれる青年が、たちまちに、世界の中心となった。



