* * *
はらり。そよ風に吹かれた木の葉が、きらめく湖面に落ち、波紋をひろげる。
「本日はお時間をいただき、まことに恐れ入ります」
『映月亭』で鼓御前をむかえたのは、神宮寺家当主、苧環であった。
かたわらには、ひなが付き添っている。
「此度の騒動は、ひとえにわたくしの不徳のいたすところであります。……多大なるご迷惑をおかけしましたこと、こころよりお詫び申しあげます」
「おからだに障ります。お顔をお上げください、苧環さま」
深々と頭を垂れる苧環へ、鼓御前は静かに声をかける。
「しかし……」
「お父さま」
ひなに促され、苧環はゆっくりと上体を起こす。が、その面持ちは暗い。
鼓御前は居住まいをただし、苧環へ問う。
「苧環さま。『真実』を知って、『鬼』のもとへ向かおうとした莇さんを、お止めになったとお聞きしました」
「…………」
「わたしは、莇さんを守ろうとしての行動であったと考えています。それなのになぜ莇さんにはつらく当たっていらしたのか、おたずねしてもよろしいですか?」
苧環はぐっと口を閉ざしたまま、すぐには答えない。
きっと、懸命に言葉を考えているのだろう。
鼓御前はじっと待つ。
やがて、苧環は重い口をひらいた。
「私が、強い人間ではないからです。兄ほど霊力も高くはなく、武術の才もない。それが、神宮寺苧環という人間です」
ぽつりぽつり。
ひた隠していた胸の内を、苧環はすこしずつ明らかにする。
「兄は強いひとでした。前だけを見ていた。おのれの使命を正しく理解し、まっとうした。その末に、若くして散った……」
苧環の兄、鬼塚鬼灯。
八年前に神楽を舞い、命を落とした。
享年三十三。そんな兄の年をとうに越えて、苧環はさまざまな葛藤に見まわれていた。
「私は父より封印の役目を受け継ぎましたが、まっとうできる自信はなかった。代々守られてきた封印は、私の代で途切れるかもしれない。そう思い……息子に、冷たく接するようになりました。私自身は、逃げだすことを許されませんでしたから」
「では、もしかして……」
苧環の言わんとすることを、ようやく鼓御前も察した。
「えぇ……理不尽な思いをすれば、嫌気がさして、逃げだすだろうと思ったのです。逃げてほしかったのに……私の思いをよそに、莇は覡となる道をえらびました」
「苧環さま……」
「おのれの子すら満足に守れず、私は……出来損ないの愚か者です」
兎鞠島が危機に瀕したとき、苧環はひなへ、すぐさま島を出ていくよう告げたという。
苧環はずっとむかしから、こどもたちを逃がそうとしていたのだ。
過酷な運命が待ち受けていることを、知っていたから。
自身が嫌われ者を演じることでしか、それを叶えることができなかった。



