『あぁ……そう、ダ。天鼓丸は、わたシが打った刀じゃ、ない……』
遠い記憶をさぐり当てるように、『鬼』がつぶやく。
『……守らねばと、思っていタ、はずなのに……憎しみに囚われて、おのれヲ、見失って、しまった……』
──人間どもに、復讐を。
怨念に支配された蘇芳の魂は、壊れてしまった。
ひとであったころの記憶が剥がれ落ち、罪のないひとびとを襲う、『鬼』となり果ててしまったのだ。
それこそが、千年にもおよぶ悲しき因果の真相。
「……待って、ください」
か細い少女の声が、ひびく。
「それならわたしは……天鼓丸を真似て作られた刀……贋作ということではないですか!」
手のひらで顔を覆い、わっと泣きだす天鼓丸。
「酷い……わたしはいったい、なんのために生まれてきたの……」
『鬼』は答えない。悲痛な泣き声が、薄暗闇にこだまするばかりで。
「おまえは僕の刀じゃない」
淡々とした桐弥の言葉が、うなだれる天鼓丸の頭上にふりそそぐ。
「だが、九条蘇芳という刀鍛冶が打った刀だ。正真正銘、蘇芳の意思によって打たれた娘だ」
「…………え?」
はたと、天鼓丸が顔をあげる。
「同じ師を持つのだから、作風が似ることもあるだろう。そのなかでも、僕の天鼓丸に思うところがあって蘇芳が刀を打ったというのなら、それは盗作でもなんでもない」
桐弥は紫水晶の瞳で、揺れる紅水晶の瞳を見つめる。
「おまえの刀身は、僕の刀にはない華やかな丁字乱れの刃文がある。……炎のように」
桐弥の声音は、抑揚に乏しいけれど。
その語尾は、わずかにふるえていた。
「名刀そっくりに刀を打つこともまた、刀鍛冶の技量。蘇芳は天鼓丸を真似て、じぶんなりに昇華してみせた。写しは贋作じゃない。おまえは……九条蘇芳が打った最高の刀だ」
そこまでいって、桐弥は視線をもどす。
「……僕は口下手だから、誤解させてしまっていたと思う。だから、いまここでつたえさせてくれ」
そして今度こそ、『鬼』と──いや、蘇芳と向き合うのだ。
「僕には、あんたほど華やかな刀は打てない。あんたはまぎれもなく、名匠だよ。天鼓丸を守ろうとしてくれて、ありがとう……兄さん」
『……あぁッ……!』
桐弥の言葉を受けて、蘇芳を取り巻く黒いもやが霧散する。
やがて、ひとりの刀匠へとすがたを変えた。
『すまなかった、紫榮……すまない』
桐弥は答えない。
紫水晶の瞳をゆらめかせ、ぐっとくちびるを噛みしめることしかできなくて。
だから謝罪をくり返す蘇芳へ、ふるふると、かぶりをふった。もう、いいのだと。
そのとき、桐弥を見上げる蘇芳が、かすかに笑んだ気がした。
『ほんとうに、すまなかった……紅』
はっと、天鼓丸が身じろぐ。
それはきっと、蘇芳にとってかわいい娘の名。
「……わたしのほうこそ、申し訳ありませんでした」
蘇芳はうなずく。
そしてかたわらに落ちた太刀をひろいあげ、地面に座ったまま背すじを正す。
「父に愛されていたのなら……わたしはもう、それだけでいい」
ぽつりとつぶやいた少女は、蘇芳の背に近寄ると、細腕をまわしてぴたりと密着した。
「……兄さん」
「まさか……」
桐弥と鼓御前が、そろって瞳を見ひらく。
彼らがなにをしようとしているのか、悟ったためだ。
「ここは、わたくしが」
いち早く行動したのは、莇だった。
静かな足取りで蘇芳らのもとへ歩み寄り、その背後に立つ。
すらりと、脇差をたずさえたまま。
『もう……思い残すことはない』
最期に言葉をのこし、蘇芳は太刀のきっさきを、おのれの腹に突き立てた。
「意地悪をして、ごめんなさい。さようなら……お姉さま」
少女はまぶたを閉じ、父を抱きしめる。
ずぷり、と蘇芳が太刀を深く突き入れた直後。
莇が脇差をふるい、蘇芳の首を落とした。
蘇芳の首が地面に打ちつけられることはない。
砂がくずれるように、さらさらと舞いあがる。
「……どうか、安らかに」
莇はじっと祈りを捧げたのち、まぶたをひらく。
父娘のすがたは、跡形もなく消え去っていた。
「……終わったな」
葵葉がつぶやく。
闇につつまれた空間が、ほろほろと消えゆく。
次にまばたきをするころには、ひとすじの光が薄暗い境内に射し込んだ。
朝陽がのぼる。夜明けだ。
「みなさん、ありがとうござ──」
「天!」
鼓御前がよろめき、とっさに桐弥が抱きとめる。
「ごめんなさい……ちょっと、疲れちゃいました」
「大丈夫です、鼓御前さま。おれもです」
「自信満々に言うな」
たしかに、莇の足もともおぼつかなかった。
葵葉はため息をつきつつ、莇に肩を貸す。
「はやく……帰りたいです」
鼓御前は気丈にふるまおうとしていたが、声がふるえていた。
みなのことが恋しいのだろう。
桐弥はすすり泣く鼓御前を抱きあげ、頭をなでる。
葵葉も莇と顔を見合わせ、うなずいた。
「そうだな。帰るか。みんなのところに」
遠い記憶をさぐり当てるように、『鬼』がつぶやく。
『……守らねばと、思っていタ、はずなのに……憎しみに囚われて、おのれヲ、見失って、しまった……』
──人間どもに、復讐を。
怨念に支配された蘇芳の魂は、壊れてしまった。
ひとであったころの記憶が剥がれ落ち、罪のないひとびとを襲う、『鬼』となり果ててしまったのだ。
それこそが、千年にもおよぶ悲しき因果の真相。
「……待って、ください」
か細い少女の声が、ひびく。
「それならわたしは……天鼓丸を真似て作られた刀……贋作ということではないですか!」
手のひらで顔を覆い、わっと泣きだす天鼓丸。
「酷い……わたしはいったい、なんのために生まれてきたの……」
『鬼』は答えない。悲痛な泣き声が、薄暗闇にこだまするばかりで。
「おまえは僕の刀じゃない」
淡々とした桐弥の言葉が、うなだれる天鼓丸の頭上にふりそそぐ。
「だが、九条蘇芳という刀鍛冶が打った刀だ。正真正銘、蘇芳の意思によって打たれた娘だ」
「…………え?」
はたと、天鼓丸が顔をあげる。
「同じ師を持つのだから、作風が似ることもあるだろう。そのなかでも、僕の天鼓丸に思うところがあって蘇芳が刀を打ったというのなら、それは盗作でもなんでもない」
桐弥は紫水晶の瞳で、揺れる紅水晶の瞳を見つめる。
「おまえの刀身は、僕の刀にはない華やかな丁字乱れの刃文がある。……炎のように」
桐弥の声音は、抑揚に乏しいけれど。
その語尾は、わずかにふるえていた。
「名刀そっくりに刀を打つこともまた、刀鍛冶の技量。蘇芳は天鼓丸を真似て、じぶんなりに昇華してみせた。写しは贋作じゃない。おまえは……九条蘇芳が打った最高の刀だ」
そこまでいって、桐弥は視線をもどす。
「……僕は口下手だから、誤解させてしまっていたと思う。だから、いまここでつたえさせてくれ」
そして今度こそ、『鬼』と──いや、蘇芳と向き合うのだ。
「僕には、あんたほど華やかな刀は打てない。あんたはまぎれもなく、名匠だよ。天鼓丸を守ろうとしてくれて、ありがとう……兄さん」
『……あぁッ……!』
桐弥の言葉を受けて、蘇芳を取り巻く黒いもやが霧散する。
やがて、ひとりの刀匠へとすがたを変えた。
『すまなかった、紫榮……すまない』
桐弥は答えない。
紫水晶の瞳をゆらめかせ、ぐっとくちびるを噛みしめることしかできなくて。
だから謝罪をくり返す蘇芳へ、ふるふると、かぶりをふった。もう、いいのだと。
そのとき、桐弥を見上げる蘇芳が、かすかに笑んだ気がした。
『ほんとうに、すまなかった……紅』
はっと、天鼓丸が身じろぐ。
それはきっと、蘇芳にとってかわいい娘の名。
「……わたしのほうこそ、申し訳ありませんでした」
蘇芳はうなずく。
そしてかたわらに落ちた太刀をひろいあげ、地面に座ったまま背すじを正す。
「父に愛されていたのなら……わたしはもう、それだけでいい」
ぽつりとつぶやいた少女は、蘇芳の背に近寄ると、細腕をまわしてぴたりと密着した。
「……兄さん」
「まさか……」
桐弥と鼓御前が、そろって瞳を見ひらく。
彼らがなにをしようとしているのか、悟ったためだ。
「ここは、わたくしが」
いち早く行動したのは、莇だった。
静かな足取りで蘇芳らのもとへ歩み寄り、その背後に立つ。
すらりと、脇差をたずさえたまま。
『もう……思い残すことはない』
最期に言葉をのこし、蘇芳は太刀のきっさきを、おのれの腹に突き立てた。
「意地悪をして、ごめんなさい。さようなら……お姉さま」
少女はまぶたを閉じ、父を抱きしめる。
ずぷり、と蘇芳が太刀を深く突き入れた直後。
莇が脇差をふるい、蘇芳の首を落とした。
蘇芳の首が地面に打ちつけられることはない。
砂がくずれるように、さらさらと舞いあがる。
「……どうか、安らかに」
莇はじっと祈りを捧げたのち、まぶたをひらく。
父娘のすがたは、跡形もなく消え去っていた。
「……終わったな」
葵葉がつぶやく。
闇につつまれた空間が、ほろほろと消えゆく。
次にまばたきをするころには、ひとすじの光が薄暗い境内に射し込んだ。
朝陽がのぼる。夜明けだ。
「みなさん、ありがとうござ──」
「天!」
鼓御前がよろめき、とっさに桐弥が抱きとめる。
「ごめんなさい……ちょっと、疲れちゃいました」
「大丈夫です、鼓御前さま。おれもです」
「自信満々に言うな」
たしかに、莇の足もともおぼつかなかった。
葵葉はため息をつきつつ、莇に肩を貸す。
「はやく……帰りたいです」
鼓御前は気丈にふるまおうとしていたが、声がふるえていた。
みなのことが恋しいのだろう。
桐弥はすすり泣く鼓御前を抱きあげ、頭をなでる。
葵葉も莇と顔を見合わせ、うなずいた。
「そうだな。帰るか。みんなのところに」



