御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 うねる金色の竜が、天空の彼方へ消え去る。

「やったな、あざ──」

 莇のもとへ駆け寄ろうとした葵葉は、はっとする。

「いいや……まだだ」

 正面を見つめる莇のまなざしは、いまだ険しい。

「どうして……? わたしは、刀なのに……わたしだって、刀なのに……どうしてお姉さまばかり!」

 莇の目前には、地面にひざをついた天鼓丸のすがたがあった。
 ぜぇぜぇと、呼吸が荒い。土を引っ掻く指先が黒く変色し、煙のように薄れてゆく。
 穢れの『核』を破壊したのだ。天鼓丸が消滅するのも、時間の問題ではあったが。

「どうしてわたしは愛されないの……ねぇ、答えてください、お父さま……!」

 悲痛な声で、天鼓丸が父を呼ぶ。
 ぽろぽろと涙を流す紅水晶のまなざしの先で、シュウウ……と黒いもやがゆらめいた。

『……てん、コ、まル……』
「『鬼』のやつ、まだ自我があるのか」

 身がまえる葵葉。
 だが、その横からすっと制する手がある。

「僕が行く」
「九条センパイ──」

 桐弥は、なにか固くこころに決めたような面持ちをしていた。

「……父さま」

 鼓御前も固唾を飲み、行く末を見守る。
 ざっ、ざっ。
 草履で玉砂利をふみしめながら、桐弥は『鬼』のもとへ歩み寄る。

「蘇芳、聞きたいことがある。紫榮(ぼく)が死んだあと、天を連れ去ったのは、あんたか」
『…………』
「正直に、答えてくれ」

 咎めるのではなく。
 桐弥の問いには、真実を求める切実なひびきがあった。

『…………そウ、だ』

 かろうじて人型をとどめている『鬼』が、答えた。

『おまえが、妬まシくて……わたシが、持ち帰っタ』

 そうして『鬼』は、ぽつりぽつりと語りはじめる。



 ──九条蘇芳は、優秀な刀鍛冶だった。
 三条宗近の弟子のなかでも、将来を期待されているほどの腕前だった。
 紫榮が、現れるまでは。

 すこし教わっただけで、紫榮はめきめきと腕を上げていった。
 まさに、天才といえるほど。

 弟弟子(おとうとでし)に遅れを取るわけにはいかない。蘇芳は焦りはじめた。
 焦るほど、うまく刀が打てなくなっていった。
 思うようにいかない苛立ちから、紫榮につらく当たるようにもなった。
 理不尽ともいえる蘇芳の言動を、紫榮はただ、黙って受け入れていた。

 そんなある日。
 蘇芳は、紫榮が暮らす山小屋をおとずれた。
 病にかかったと、風のうわさで聞いたためだ。
 そこで蘇芳は、すでに事切れた紫榮のすがたを目の当たりにする。
 それと同時に、紫榮が後生だいじにかかえている、太刀の存在も。

 太刀を鞘から抜いた瞬間、蘇芳は衝撃を受けた。
 雷に撃たれたかのようだった。
 言葉を失うほど、美しい刀だった。

 ──やはり九条紫榮は、天才だ。

 とたん、蘇芳の胸にさまざまな感情があふれる。
 それは嫉妬であり、悔しさであり……感動だった。
 そう、蘇芳は感動していたのだ。
 すばらしい刀と出会えたことに、喜びをおぼえていた。

 ──悔しい……悔しい。

 兄弟子(あにでし)なのに。
 お手本にならなければならないのに。
 蘇芳はじぶんが情けなくて、たまらなかった。
 なにより、悔しかった。
 すばらしいこの刀が……紫榮の才能が、人知れず忘れ去られてしまうことが。

 蘇芳は『天鼓丸』と銘を切られた太刀を、ひそかに持ち帰った。
 その太刀をかたわらに置き、刀を打ちはじめた。
 寝食も忘れ、一心不乱に刀を打ち続ける。
 そうして仕上がった最もすばらしい出来の太刀に、銘を切った。
『天鼓丸 写し』──と。
 その太刀は、蘇芳がこれまで打った刀のなかで、いっとう美しいものだった。

 だが、それから間もなく。
 流行り病の蔓延により、京のまちは治安が悪化。
 屋敷に賊が押し入り、蘇芳は殺されてしまった。

 なんと口惜しいことか。
 死の間際、賊がふた振りの刀を持ち去る光景を目の当たりにした蘇芳は、怒りと憎しみに見まわれた。

 ──その刀は、私の……私たちの、たいせつな刀なのに。

 そうして蘇芳の魂は怨念をやどし、怨霊となったのだ。