御刀さまと花婿たち

「諸々の禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)を祓え(たま)ひ、清め給え。(かむ)ながら守り給い、(さきわ)え給え」

 ──ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。

 淀んだ空気を払うように、四拍手が鳴りひびく。

(かしこみ)み畏みをも(もう)す──鼓御前(つづみごぜん)

 凛とした祝詞に、鼓御前のこころは澄みわたった。

「──(よろしい)

 からだの芯から、熱が込みあがる。
 神気(ちから)が、わきあがる。

「この鼓御前が、承りましょうや」

 高鳴る鼓動のままに、応えたなら。

 ぱぁあ──……目もくらむほどのまばゆい光が、鼓御前をつつみ込む。

「姉さま……」

 葵葉は言葉も忘れ、その光景に魅入る。

「おまえはやっぱり、僕の最高の刀だ……天」

 紫水晶のまなざしに感動をにじませながら、桐弥は感嘆する。
 あたりを真っ白に埋めつくした光が終息するころ、長い黒の艶髪がなびく。
 色とりどりの十二単をまとった少女が、ふわりと莇のかたわらへ降り立った。
 莇の手には、目にも鮮やかな朱漆塗りの鞘におさまった脇差が。
 鼓御前は紫水晶の瞳で、天鼓丸の紅水晶の瞳を捉える。

「これは、神と神の闘いです」
「焼けて削られたあなたなんかが、わたしに敵うわけがないでしょう!? わたしのほうが完璧なの、わたしのほうが美しいの!」

 まるでこどもの癇癪だ。

「表面的な美しさだけが、刀の価値を決めるのではありません」

 天鼓丸が声を荒らげる一方で、鼓御前の声音は静かなものだ。

「たとえ疵モノになり、すり減ったとしても、それはわたしの物語の一部。千年もの歴史を、こうしてつたえられてきたあかしなのです」

 そう──ひとびとに愛されたからこそ、鼓御前は付喪神となった。

「愛すべきひとの子を守るため、わたしを愛してくれるみなの想いに応えるため、わたしは邪を祓う刃となります」

 鼓御前は胸の前で両手を組み、祈りを捧げる。

「わが力をやどすひとの子よ、常闇を打ち払う一矢となれ」
「──御心(みこころ)のままに」

 莇は左手を脇差に添え、まぶたを閉じる。
 しばし流れる静寂。

 ──びり。

 朱色の鞘におさまった脇差が、にわかに電流をおびる。
 ばちばちと、莇の周囲が白く明滅し。

「させるものですか……死になさい! 消えてなくなれ、なにもかも!」
『グ……ウァアア!』

 ──ぼうっ!
 天鼓丸の叫びとともに、赤黒い炎が燃えあがる。禍々しい嫉妬の炎だ。
 炎に巻かれた実態のない『鬼』が、うめき声をあげながら突進してくる。
 がむしゃらに刀をふり回す太刀筋は、でたらめだ。
 けれども、莇のこころは凪いでいた。
 風の吹かない空間で、ふいに浅葱の裾がはためく。

「いざ──参る」

 親指で(つば)を押しだした直後。
 刹那のうちに、莇は刀を抜き払っていた。
 火花が散り、閃光がはしる。

 ──ばりばりばりぃっ!

 暗闇に支配された空を、雷鳴が引き裂く。
 衝突する炎と雷。
 赤黒い炎を、金色の稲妻がからめ取る。

『グゥ……!』

 ほとばしる電流に阻まれ、『鬼』のくりだした斬撃は、あと一歩届かない。
 目前にせまる太刀のきっさきを、莇はひらりとかわす。
『鬼』の背後で、憎悪に顔を歪ませる少女を捉えて。

「おのれ……呪われた忌み子のくせに!」
「これは呪いじゃない」

 どんな逆境にも屈さず、闘い抜いてきたあかし。

「この身に恥じることなど、なにひとつない」

 血走る紅水晶の瞳を見据え、莇は告げる。

「──竜の怒りを知れ」

 澄んだ漆黒の刃が、天鼓丸の心臓を捉え。

 ──ギシャアアアッ!

 からまりあう稲妻が、金色の竜となる。
 猛りたつ竜が、闇をゆるがす咆哮を轟かせる。

「……うそ、でしょう……」

 呆然と天鼓丸がつぶやくころ。
 漆黒のきっさきが、深々と心臓をつらぬいていた。

 ──ぱ、きり。

 少女の体内にやどる禍々しい穢れの塊が、ひび割れ、粉々に砕け散った。