御刀さまと花婿たち

「意思が感じられない……神気によって身体能力が急上昇しているかわりに、精神を殺されてしまっているかのようです……」
「さすが、祟り神のやることはえげつないな」
「いくら鬼塚の小僧が豊富な霊力を持っているといっても、あの神気にいつまでも耐えられるわけじゃないぞ」
「俺が、目を覚まさせてやる」
「葵葉!」

 鼓御前が葵葉を呼ぶのと、短刀が抜き払われるのは、同時だった。

「おい莇! なにチンタラやってんだ、この馬鹿野郎!」

 キンッ! キンッ!

 どす黒い瘴気をまとった太刀をはじきながら、葵葉は距離を詰めてゆく。

「そんなやつにいつまでも好き放題されて、いいのかよ!」

 友を救う。
 そのために刀をふるう葵葉に、迷いはなかった。

「ぐ……」
「莇! おまえは……!」
「……る、さい……うるさいうるさいうるさいッ!」

 ──ガキィイインッ!

 重い衝突音。
 激しく火花が散り、葵葉が吹き飛ばされる。

「うぐっ!」
「葵葉!」

 とっさに受け身を取る葵葉。
 頭部への衝撃をやわらげることはできたが、からだを強く打ちすぎた。
 すぐに立ち上がることは叶わない。

 ゆらり……

 そこへ、蘇芳が馬乗りになる。
 ふりあげられる太刀。

「……莇」

 それでも、葵葉は逃げなかった。
 常磐色の瞳を逸らすことなく、訴えかけるのだ。

「おまえの刀は……守るための刀なんだろ、莇!」

 ぴたりと、動きを止める蘇芳。

「っ……あ……ぐぅ、あぁあっ!」

 やがて蘇芳は激しく手をふるわせ、太刀を落としてしまう。
 蘇芳は首をおさえ、うめいている。
 その苦しみ方が尋常ではない。

「もしかして……莇さん」
「待て、天!」

 駆けだそうとした鼓御前は、桐弥に腕を引かれる。
 娘を危険な場所に行かせたくないという桐弥の思いは、もっともだ。けれど。

「行かせてください、父さま。いまならきっと、届きます」
「……天」

 鼓御前のほほ笑みを受け、桐弥はそっと手を離す。
 大丈夫。手をのばせば、きっと。
 鼓御前は決意を胸に、歩を進める。

「莇さん」

 頭をかかえ、首を掻きむしる少年へ、語りかける。
 ──友を傷つけたくないと、葛藤している少年へ。

「莇さん、おぼえていますか。まだ出会って間もなかったころ。わたしがお見舞いに行った日のことです」

 思えば、あの日の出来事が転機だったのかもしれない。

「あの日わたしは、莇さんの瞳がきれいだと言いました。黒曜石のようにきれいで……月のない夜のように、さびしそうだと」

 あのときは、どうして彼がさびしそうな顔をしているのか、わからなくて。

「でも……あのときの莇さんの気持ちが、いまならわかります」

 ──いちばんになっても、欲しいものが手に入らなければ、意味がない。
 ──おれを選んで、鼓御前さま……!

 彼がどれほど血のにじむ努力をしてきたのか。
 痛いほどに、わかる。

「莇さん、わたしはひとつ、思い違いをしていました」

 彼の瞳は、いつだって澄んでいた。
 澄んだ黒に、光をやどしていた。
 光をやどした黒い瞳は、新月の夜ではなく、夜明けを待つ明け方の空の色。

「あなたの瞳は、とてもきれいです。夜の終わりを告げる、(あかつき)のよう」

 はたと呼吸を止めた少年が、鼓御前を見つめる。
 鼓御前は少年へ両腕をのばす。そして、まばゆいばかりの笑みを浮かべてみせた。

「もう大丈夫ですから」

 あの明け方のこと。

 ──鼓御前さまに、知っていてほしくて。

 手を取り、指でなぞって、彼がつたえようとしていたことは。

 ──これが、おれの名前です。

「ね──暁矢(きょうや)さん」

 鬼塚暁矢。彼の真名。
 彼のこころが、鼓御前とともにあるというあかし。

「もどってきて……暁矢さん」

 祈るような言葉が、言霊となる。
 おのれのなかに、あらたなえにしが強くむすばれゆくのを、鼓御前は感じた。

「……つづみごぜん、さま」

 ほろりと、少年の口から言葉がこぼれ。
 次の瞬間、少年の前に、葵葉がおどり出ていた。
 にぎりしめた短刀のきっさきで、ずぷりと、胸を貫いて。

「──莇のからだから出ていけ、くそ野郎」

 ぶちり──……

 複雑にからみあった呪縛が、断ち切られる。
 そのひと太刀は、一瞬にして穢れを、穢れだけを消し去った。

 シュウウ……

 少年のからだにまとわりついた黒い気配が、消えてゆく。

「莇っ……!」

 くずれ落ちる友のからだを、葵葉はとっさに抱きとめた。

「大丈夫ですか!?」

 すぐに鼓御前が駆け寄る。
「う……」とわずかなうめき声ののち。

「……はい、大丈夫です。なんとか」

 顔をあげた莇が、はにかんだ。
 とたん、鼓御前の胸に熱がこみ上げる。

「よかった……!」
「わっと……!」

 気づいたときには、両腕いっぱいに莇を抱きしめていた。

「おかえりなさい。……よくがんばりましたね、暁矢さん」
「鼓御前さま……」

 一度、二度と頭をなでられ。
 莇の瞳が、じわりとにじむ。

「っ……はい、鼓御前さま……ただいま、もどりました……!」

 さえぎるものは、なにもなかった。
 莇も歓喜の涙を流しながら、きつくきつく、鼓御前を抱きしめ返すのだった。