* * *
「わたしが、何者かなんて……決まっているでしょう?」
鼓御前とよく似た容姿の少女が、くちびるをふるわせる。
「わたしが天鼓丸です。そうですよね!? お父さま!」
「うぐっ……ぅああ!」
天鼓丸の叫びがひびきわたり、蘇芳が頭をかかえてうめきだす。
異変はそれだけではない。
ぐにゃりと、周囲の空間が大きく歪んだのだ。
「これはいったい……うっ!」
津波のごとく押し寄せる瘴気に、鼓御前がめまいをもよおしたとき。
「──『滅』」
凛とした言霊とともに、まばゆい光があたりを埋め尽くす。
ふっと、見違えたようにからだが軽くなる。
恐る恐るまぶたを持ちあげる鼓御前。
そこには、鼓御前を腕に抱いたまま正面を見据える桐弥のすがたがあった。
桐弥がかざした右手は、白い光をおびている。
押し寄せる瘴気を、その類まれなる浄化能力で相殺したのだ。
「瘴気は僕がはじき返す。さっさと決着をつけろ、小僧」
「言われなくても」
「父さま、葵葉……!」
鼓御前がまばたきをするうちに、状況は一変していた。
神社の自室にいたはずが、境内に移動していたのである。
「じぶんが天鼓丸だとかほざいているあの小娘、太刀にやどった付喪神だな。しかも、この瘴気……慰んでいる。祟り神か」
「そりゃあ封印したくもなるわな。太刀だと室内じゃあ闘いにくいからって、ご丁寧に舞台まで用意してくれて」
すでに短刀の鯉口は切っている。
敵から視線は外さないまま、葵葉は鼓御前へ語りかける。
「姉さま、ここは神社の奥にあった封印の内部。現実世界とは隔離された場所だ。まぁいまは祟り神の神域と化してるみたいだけどな」
「神域……」
そう言われ、やっと腑に落ちた。
暗い空。蠢く瘴気。
見慣れた神社の景色としては、あり得ないものだからだ。
「あの、父さま」
すこしずつ状況を飲み込めてきたところで、鼓御前は意を決して桐弥を呼ぶ。
「莇さんに取り憑いた『墓荒らしの鬼』の正体は……九条蘇芳さまです」
「…………なに?」
あまり感情を顔に出さない桐弥が、そのときだけは反応を見せた。
「……そうか」
納得したように。
それでいて、どこか悲しそうに。
「九条蘇芳? だれだそいつは」
「僕の兄弟子だ。僕のことが気に食わなくて、天はじぶんが打った刀だとか、言いがかりをつけてきたんだろう」
「違う! 天鼓丸は私の刀だ! その刃文はまぎれもなく……っう! ぐぁあっ!」
ふたたび、蘇芳が頭をかかえて苦しみだす。
「なにをなさっているのですか、お父さま。娘が脅かされようとしているのですよ? 早くあの者たちを消してください!」
天鼓丸が金切り声をあげ、桁違いに濃密な瘴気が渦巻く。
「刀を……私の刀を、まもらねば……」
「くっ……こいつ!」
──ヴンッ!
殺気を感じ、瞬時に飛びのく葵葉。
首を刈り取るように、ふるわれる太刀。
一瞬でも反応が遅れていたら、葵葉の首と胴は泣き別れていただろう。
「刀……私の、刀……」
うわごとをくり返す蘇芳の様子は、まるで壊れた人形のようだ。



