* * *
産声が聞こえる。
「ほら見てください、蘭雪さま。おれの子です」
赤ん坊を抱いた青年が、腕に抱いたわが子へ笑いかけている。
「おれの字をひとつとって、矢彦と名づけました。女の子が生まれたら、弦子にしますね。おれの子孫ともども、蘭雪さまの弓矢となれるように」
朗らかに話していた青年が、ふと言葉をとめ。
「だから……もう一度馬に乗って出かけましょうよ、蘭雪さま」
しぼりだすように、つぶやいた。
青年の目の前で、床に伏せた男は答えない。
──立花蘭雪、享年四十。
戦乱の世を駆け抜けた猛将として、大往生だった。
敬愛する主を亡くした青年は、ある日、ふた振りの刀を手にした。
そして主の遺言どおり、その刀たちを遺骨とともに墓に埋めた。
けれども、安らかに眠ってほしいというねがいは、長くは続かず。
……赤ん坊が泣いている。
ざあざあと雨がふりしきるなか、泥濘に座り込んだ青年の腕のなかで、泣いている。
「ごめんなさい、蘭雪さま……約束を、守れなかった……」
ふり止まない雨。赤ん坊を掻き抱く青年。
青年の足もとには、まっぷたつに折れた刀が。
「ごめん、矢彦……」
泣き叫ぶ赤ん坊の首には、痣がきざまれていた。
「……もう、くり返さない」
青年はくちびるを噛みしめ、立ちあがる。
「『鬼』が復讐にやってくる。だが次は逃がさない。今度こそ、その首を獲ってみせる。何十年、何百年かかっても……おれたちが、かならず」
赤ん坊を左腕で抱いた青年は、右手に折れた刀をにぎっていた。
「だから、おまえも力を貸してくれ。蘭雪さまとの約束を果たすために……ともに鼓御前を守るんだ」
青年は、ぐっと柄をにぎりしめる。
「おれたちとともに、『鬼』を倒してくれ──青葉時雨」
激しくふりそそぐ雨のなか、青年の声は、不思議と鮮明に聞こえて。
(……そう、だった……)
『真実』を知った葵葉は、思いだす。
失っていた記憶のかけらを、取りもどすのだ。
(そうだ……俺は!)
『鬼』によって暴かれた蘭雪の墓。
青年は刀をとり、勇敢にも『鬼』に立ち向かう。
そうして激闘の末、刀は──青葉時雨は、折れてしまった。
命からがら逃げだした『鬼』は、青年の血を引く赤ん坊を呪った。
だが、青年は屈しなかった。
いずれ復讐にやってくる『鬼』へ、みずからのこどもたちが必ずや報いることを、信じていた。
その誓いのあかしこそが──【このは】。
青葉時雨のかけらをあつめ、ふたたび打った刀。
青年、矢一の血を引く者につたられるもの。
これこそが、『鬼』の首塚を獲る者──
鬼塚家の男児に代々受け継がれる、短刀である。
「葵葉、頼む」
友の声が、よみがえる。
「おれが、『鬼』を弱らせる。必ず、『鬼』をおさえ込んでみせる」
いったいなにを迷っていたのだろう。
答えなんて、すぐそこにあったのに。
「だから葵葉、きみが『鬼』を斬ってくれ。大丈夫だ、きみならきっとできる」
進むべき道は、たったいま、示された。



