兎鞠島北部。
険しい山道を抜けた先に、ひっそりとたたずむ一軒家が見えてくる。
「ここが鬼塚家か。なんか……もっと仰々しいところかと思った」
門前から外観を見上げながら、葵葉は肩すかしを食らう。
九条家の屋敷とくらべると、規模のちがいは明らかなもの。
御三家の分家とはいえ、これではふつうの民家と変わらない。
「鬼塚家は島の隅に追いやられた一族だからな」
「九条センパイ、言い方」
「いえ、桐弥さまのおっしゃることは事実ですもの。結婚をせず、所帯をもたない者がほとんどです。それにともない、敷地内も女人禁制となっております」
「ちょっとストップ」
さらりと補足したひなへ、葵葉は待ったをかける。
「女人禁制って……それじゃああんた、ここに来たことないわけ?」
「はい。生まれてこの方十八年、ただの一度もこちらにおうかがいしたことはございません。どこになにがあるのか、さっぱりです!」
「いっそ清々しいな」
「まぎれもなく莇の姉さんだな、あんた」
大真面目ゆえの、馬鹿正直というやつだろう。
激しい既視感をおぼえ、葵葉は頭をかかえた。
「ていうか、女人禁制ならあんたは入れないじゃん。最初から詰んでね?」
「甘いですね」
「は?」
「偶然にも、みなさま出払っております。夕刻まではもどらないだろうと、山吹さまがひとりごとをおっしゃっておりました」
「……なんか急に、あんたのこと怖くなってきた」
「失礼ですね! 涙ぐましい情報収集の賜物と言ってください!」
「おまえたち、さっさと終わらせないと日が暮れるぞ」
勝手知ったるわが家とばかりに、桐弥が涼しい顔で門をくぐる。
ちなみにだが、桐弥も鬼塚家をおとずれたことは一切ない。
「わんっ!」
とここで、遠くから駆け寄る影があった。
「わぉん!」
「きゃんっ! きゃんっ!」
「……なんだ、この毛玉どもは」
桐弥が一歩ふみ入れたとたん、駆け寄ってきたもの──それは、二匹の子犬だった。
つぶらな瞳に、特徴的なまろ眉。
柴犬のように見えなくもない。
二匹とも、鈴のついた前かけをしている。
ただし片方は赤い前かけの白柴で、もう片方は青い前かけの黒柴だ。
二匹は短い手足で、ぽてぽてと桐弥の周囲をぐるぐる回る。
「……ウゥ……」
そして、二匹そろってうなった。
桐弥のつま先めがけ、てしてしと猫パンチならぬ犬パンチをくり出している。
「……やけに不満そうな顔じゃないか」
「無愛想だから警戒されてんだよ。あんた、いかにも動物から嫌われるタイプだもんな」
「うるさい。狐には好かれてる」
桐弥にしてはめずらしく、むきになって反論してくる。
葵葉は「はいはい」と生返事であしらった。
「まぁ、かわいらしいわんちゃん!」
瞳をかがやかせたひながひざをつき、「おいで~」と両手をのばす。
ぴょこん、と三角耳を立てた白柴と黒柴が、たたたっと軽快にひなへ駆け寄った。
桐弥にしたように、ひなの周囲をぐるぐるした二匹は、最後に「くんくん……」とひなのにおいを嗅ぎ。
「わふん!」
と満足そうに鳴いた。
「それはどういう心境だ」
「合格ってことじゃね?」
「解せない……」
納得していなさそうな桐弥は、とりあえず置いておいて。
「はじめまして。ここでお世話になっていた莇の姉の、ひなといいます。私たちは鬼塚家のご先祖さまを祀った『祠』をさがしているのだけれど、どこにあるか知っていますか?」
「おい、犬に人間の言葉がわかるわけが……」
「わふんっ!」
「なんか返事したぞ」
「……もうなんでもいい」
目の前でくり広げられる珍妙な光景に、桐弥は思考を放棄した。
「わんわんっ!」
「きゃんきゃんっ!」
突然駆けだす白柴と黒柴。
二匹は家のほうではなく、門を飛びだしてどこかへ駆けてゆく。
「あっ、待って!」
二匹を追ってひなが走りだしたため、葵葉と桐弥もそれに続いた。
ちりんちりんっ。
鈴の音をたよりに、二匹を追いかける。
深く生い茂った雑木林に入り、けもの道を進んでゆく。
そのうちに、がさっと草をかき分けて、拓けた場所へやってくる。
「行きどまり……なにもありませんが」
ひながきょろきょろとあたりを見わたすも、やはり周囲を木々が取りかこむだけで、特別目立ったものはない。
──ひゅうう。
そんなときだった。ふいに風がそよいだのは。
ぴり、と肌を痺れさせるような『気配』を察し、桐弥ははっとする。
「この『気配』は、あやかし……いや」
視線をめぐらせた先に、崖の前で立ち止まった白柴と黒柴。
二匹がこちらをふり返ると、淡い光につつまれ──
『お待ちしておりました、こどもたちよ』
『われらは、鬼塚家を守護するもの』
桐弥、葵葉、そしてひなは、言葉を失った。
先ほどまで子犬だった二匹が、獅子のようにすがたを変えて、目の前に現れたのだ。
「二匹で対となる守り神……狛犬か」
桐弥はおどろきつつも、納得する。
狛犬はあやかしではなく、神の一種だ。
そのうえ人語を発するとなれば、数百年は生きているはずだ。
『そなたらがさがしているものは、この先に』
アォン──……
狼の遠吠えのような鳴き声を、二匹がひびきわたらせる。
すると、なんということだろう。
二匹の背後の景色がぐにゃりと歪み、崖だと思っていた場所に、しめ縄で仕切られた入り口が出現する。
「幻術ってやつか? なるほど、これじゃあ闇雲にさがしても見つからないだろうな」
「あれが、『祠』ですか……」
『祠』の入り口に座り込んだ二匹は、さらに続ける。
『おゆきなさい。ただし、ここを通ることができるのは、選ばれし者のみ』
『鬼塚の血を引くこどもたち。もしくは、【このは】を持つ者』
「【このは】……なんだそれは」
問いかけようとした葵葉は、はたと気づく。
ふところが、熱い。
見下ろせば、そこにはひと振りの短刀。
「莇の短刀が、なんで……?」
「どうやら、僕はお呼びではないらしいな」
一連の流れから、桐弥は状況を理解したようだ。手近な木の幹にもたれ、腕を組むさなかに、葵葉とひなへ目配せをする。
「おまえたちで行ってこい」
葵葉とひなは顔を見合わせると、桐弥へうなずき返した。
険しい山道を抜けた先に、ひっそりとたたずむ一軒家が見えてくる。
「ここが鬼塚家か。なんか……もっと仰々しいところかと思った」
門前から外観を見上げながら、葵葉は肩すかしを食らう。
九条家の屋敷とくらべると、規模のちがいは明らかなもの。
御三家の分家とはいえ、これではふつうの民家と変わらない。
「鬼塚家は島の隅に追いやられた一族だからな」
「九条センパイ、言い方」
「いえ、桐弥さまのおっしゃることは事実ですもの。結婚をせず、所帯をもたない者がほとんどです。それにともない、敷地内も女人禁制となっております」
「ちょっとストップ」
さらりと補足したひなへ、葵葉は待ったをかける。
「女人禁制って……それじゃああんた、ここに来たことないわけ?」
「はい。生まれてこの方十八年、ただの一度もこちらにおうかがいしたことはございません。どこになにがあるのか、さっぱりです!」
「いっそ清々しいな」
「まぎれもなく莇の姉さんだな、あんた」
大真面目ゆえの、馬鹿正直というやつだろう。
激しい既視感をおぼえ、葵葉は頭をかかえた。
「ていうか、女人禁制ならあんたは入れないじゃん。最初から詰んでね?」
「甘いですね」
「は?」
「偶然にも、みなさま出払っております。夕刻まではもどらないだろうと、山吹さまがひとりごとをおっしゃっておりました」
「……なんか急に、あんたのこと怖くなってきた」
「失礼ですね! 涙ぐましい情報収集の賜物と言ってください!」
「おまえたち、さっさと終わらせないと日が暮れるぞ」
勝手知ったるわが家とばかりに、桐弥が涼しい顔で門をくぐる。
ちなみにだが、桐弥も鬼塚家をおとずれたことは一切ない。
「わんっ!」
とここで、遠くから駆け寄る影があった。
「わぉん!」
「きゃんっ! きゃんっ!」
「……なんだ、この毛玉どもは」
桐弥が一歩ふみ入れたとたん、駆け寄ってきたもの──それは、二匹の子犬だった。
つぶらな瞳に、特徴的なまろ眉。
柴犬のように見えなくもない。
二匹とも、鈴のついた前かけをしている。
ただし片方は赤い前かけの白柴で、もう片方は青い前かけの黒柴だ。
二匹は短い手足で、ぽてぽてと桐弥の周囲をぐるぐる回る。
「……ウゥ……」
そして、二匹そろってうなった。
桐弥のつま先めがけ、てしてしと猫パンチならぬ犬パンチをくり出している。
「……やけに不満そうな顔じゃないか」
「無愛想だから警戒されてんだよ。あんた、いかにも動物から嫌われるタイプだもんな」
「うるさい。狐には好かれてる」
桐弥にしてはめずらしく、むきになって反論してくる。
葵葉は「はいはい」と生返事であしらった。
「まぁ、かわいらしいわんちゃん!」
瞳をかがやかせたひながひざをつき、「おいで~」と両手をのばす。
ぴょこん、と三角耳を立てた白柴と黒柴が、たたたっと軽快にひなへ駆け寄った。
桐弥にしたように、ひなの周囲をぐるぐるした二匹は、最後に「くんくん……」とひなのにおいを嗅ぎ。
「わふん!」
と満足そうに鳴いた。
「それはどういう心境だ」
「合格ってことじゃね?」
「解せない……」
納得していなさそうな桐弥は、とりあえず置いておいて。
「はじめまして。ここでお世話になっていた莇の姉の、ひなといいます。私たちは鬼塚家のご先祖さまを祀った『祠』をさがしているのだけれど、どこにあるか知っていますか?」
「おい、犬に人間の言葉がわかるわけが……」
「わふんっ!」
「なんか返事したぞ」
「……もうなんでもいい」
目の前でくり広げられる珍妙な光景に、桐弥は思考を放棄した。
「わんわんっ!」
「きゃんきゃんっ!」
突然駆けだす白柴と黒柴。
二匹は家のほうではなく、門を飛びだしてどこかへ駆けてゆく。
「あっ、待って!」
二匹を追ってひなが走りだしたため、葵葉と桐弥もそれに続いた。
ちりんちりんっ。
鈴の音をたよりに、二匹を追いかける。
深く生い茂った雑木林に入り、けもの道を進んでゆく。
そのうちに、がさっと草をかき分けて、拓けた場所へやってくる。
「行きどまり……なにもありませんが」
ひながきょろきょろとあたりを見わたすも、やはり周囲を木々が取りかこむだけで、特別目立ったものはない。
──ひゅうう。
そんなときだった。ふいに風がそよいだのは。
ぴり、と肌を痺れさせるような『気配』を察し、桐弥ははっとする。
「この『気配』は、あやかし……いや」
視線をめぐらせた先に、崖の前で立ち止まった白柴と黒柴。
二匹がこちらをふり返ると、淡い光につつまれ──
『お待ちしておりました、こどもたちよ』
『われらは、鬼塚家を守護するもの』
桐弥、葵葉、そしてひなは、言葉を失った。
先ほどまで子犬だった二匹が、獅子のようにすがたを変えて、目の前に現れたのだ。
「二匹で対となる守り神……狛犬か」
桐弥はおどろきつつも、納得する。
狛犬はあやかしではなく、神の一種だ。
そのうえ人語を発するとなれば、数百年は生きているはずだ。
『そなたらがさがしているものは、この先に』
アォン──……
狼の遠吠えのような鳴き声を、二匹がひびきわたらせる。
すると、なんということだろう。
二匹の背後の景色がぐにゃりと歪み、崖だと思っていた場所に、しめ縄で仕切られた入り口が出現する。
「幻術ってやつか? なるほど、これじゃあ闇雲にさがしても見つからないだろうな」
「あれが、『祠』ですか……」
『祠』の入り口に座り込んだ二匹は、さらに続ける。
『おゆきなさい。ただし、ここを通ることができるのは、選ばれし者のみ』
『鬼塚の血を引くこどもたち。もしくは、【このは】を持つ者』
「【このは】……なんだそれは」
問いかけようとした葵葉は、はたと気づく。
ふところが、熱い。
見下ろせば、そこにはひと振りの短刀。
「莇の短刀が、なんで……?」
「どうやら、僕はお呼びではないらしいな」
一連の流れから、桐弥は状況を理解したようだ。手近な木の幹にもたれ、腕を組むさなかに、葵葉とひなへ目配せをする。
「おまえたちで行ってこい」
葵葉とひなは顔を見合わせると、桐弥へうなずき返した。



