御刀さまと花婿たち

「鼓御前さま! どちらに!?」

 おどろくひなの制止も、鼓御前にはきこえていない。
 迷うことはない。
 この身にやどった霊力とおなじひとすじの糸の気配を、たどればいい。

 西日が射し込む鶯張(うぐいすば)りの縁側。
 鼓御前は寝間着の袖を振り、裸足で一直線に駆け奏でる。
 夕暮れの陽をむかえ入れるかのごとく開放された障子の向こうが、目的地だ。
 十二畳の客間に、人影がひとつ、ふたつ。

(あね)さま! 起きたのか、もう具合はいいのか!」
「きゃっ……!」

 鴨居をくぐるやいなや、どっと衝撃にみまわれる。
 鼓御前を姉と呼び、腕いっぱいに抱擁する黒髪の少年といえば、ひとりしかいない。

「見てのとおり、だいじありませんわ。心配をかけましたね、葵葉」
「ホント?」
「えぇ」
「よかった、倒れたときは焦ったよ……そばについていようにも、あの口うるさい世話役の女に部屋を追いだされるわ、面倒な野郎に目ぇつけられるわで、嫌んなるぜ」

 黒猫のように鼓御前にすり寄って甘えていた葵葉が一変、ぶつくさと文句を垂れる。
 その恨みがましげな常磐色のまなざしが投げやられた先をたどり、鼓御前は紫水晶の双眸を見ひらく。

 ──少年が。
 からだつきは葵葉よりもすこし華奢な袴すがたの少年が、そこに在る。
 両ひざを座布団の上でそろえ、背をしゃんと伸ばして。

「手入れ師だかなんだか知らないけどさ、俺の姉さまにベタベタさわりやがったんだろ? ムカつく」

 なおも不平不満を並べ立てる葵葉の声をどこか遠くに感じながら、鼓御前は息を飲む。
 そのときだ。
 沈黙を貫いていた少年が、おもむろに口をひらく。

「──手前(てめえ)の唾と手垢で御刀さまが汚れたらどう責任を取るつもりだ。その減らず口と節操のない手をいい加減引っ込めろ、くそ餓鬼」
「なっ……!」

 少年の声質は、見目相応に若々しくも、高すぎない。
 しかしながら流暢につむがれる辛辣な言葉の数々が、一切の容赦もなく葵葉を射抜く。

「やっとしゃべったと思えば、言ってくれるじゃねぇか……!」
「おやめなさい、葵葉」

 ほほをひくつかせた葵葉が一歩をふみだす前に、鼓御前は抱擁の腕をすり抜ける。
 そして激高する弟を制した。

「なんでだよ! 姉さまはあんなやつの肩をもつのか!?」
「落ち着きなさい。あの方がだれなのか、おまえはわからないのですね。だからそんなことが言えるのです」
「姉、さま……」

 ぴしゃりと言い放つ鼓御前。
 人の身として顕現した姉は、おだやかな気質だった。
 はじめて、叱られた。
 そのショックに、葵葉は打ちひしがれる。